浄土 真宗 宗派。 浄土宗と浄土真宗 : お葬式なるほどチャンネル

初盆のときの浄土真宗の飾り付けとは?大谷派など宗派別に解説します|終活ねっとのお坊さん

浄土 真宗 宗派

浄土真宗とは宗祖を親鸞とする浄土信仰の一派 浄土真宗の宗祖は、親鸞です。 親鸞は、「南無阿弥陀仏」を一心に唱えることで阿弥陀如来への信心を強めなさいと説きました。 そうすれば死後、阿弥陀如来がいる極楽浄土へたどり着けるというのです。 このように、念仏によって浄土へ往生しようとする信仰は浄土信仰と呼ばれ、浄土真宗以外にも、親鸞の師匠である法然が開いた浄土宗などが浄土信仰に属します。 浄土真宗と浄土宗との違いはさまざまありますが、大きくは戒の有無が挙げられます。 浄土真宗には他の仏教宗派にみられる「妻帯してはいけない」「肉を食べてはいけない」といった戒めが存在しません。 自らを律することによってではなく、ひたすらに阿弥陀如来を信じることによって、極楽浄土に往生しようとします。 また、信じることしかできないけれど、「信じる」という感情すら阿弥陀如来から与えられたものだと位置づけることで、「絶対他力」を説くところも、浄土宗とは違います。 浄土真宗で代表的なのが「浄土真宗本願寺派」と「真宗大谷派」 浄土真宗には、20を超える宗派があります。 なかでも信者数が多いのが、「浄土真宗本願寺派」と「真宗大谷派」です。 とくに浄土真宗本願寺派の信者数は約796万人で、日本で一番信者数の多い宗派といわれています。 次いで信者数の多い真宗大谷派も、寺院数でみれば全国に約8,900寺があり、浄土真宗本願寺派の約1万500寺に対し、決して引けを取りません。 3番目に寺院数の多い「真宗高田派」は約640寺、4番目の「真宗佛光寺派」は約390寺といわれるため、上位2宗派の信仰者数は圧倒的なものです。 それぞれの宗派で作法が少しずつ違う 一般に、浄土真宗本願寺派は西本願寺を本山とするため「お西さん」、真宗大谷派は東本願寺を本山とするため「お東さん」と称されます。 教義上の考え方の違いというよりも、宗派内の政治的な問題によって分裂が起こったため、阿弥陀仏を信仰の対象にすること、念仏を唱えることなど、信仰の大枠は変わりません。 しかし、葬儀や法事などの際のマナーが、少しずつ違います。 どのように違うのか、それぞれ解説していきましょう。 浄土真宗本願寺派の主な作法 浄土真宗本願寺派で念仏を唱えるとき、「南無阿弥陀仏」の読み方は「なもあみだぶつ」です。 「なむあみだぶつ」ではないので、注意しましょう。 合掌の際、数珠を手にかけますが、このとき片手ではなく両手にかけるようにしましょう。 房が下に来るようにし、上側を、親指で軽く押さえます。 なお、焼香の作法にもポイントがあります。 ポイントは2つで、1つは「額にお香をおしいただかない」こと、2つめは「回数は1回とする」ことです。 流れとしては、まず、焼香前にご本尊に向かって軽く一礼します。 次にお香を1回つまみ、額におしいただかず、そのまま香炉にくべます。 1回だけ焼香をしたら合掌礼拝し、最後にご本尊へ向かって軽く一礼します。 このように、焼香の作法はかなりシンプルです。 真宗大谷派の主な作法 真宗大谷派で念仏を唱えるとき、「南無阿弥陀仏」の読み方は「なむあみだぶつ」です。 東本願寺の「なもあみだぶつ」とは違うので、注意しましょう。 また、合掌の際に数珠を手にかけるときは、房の部分が上に来るように持って、房は左手の側に垂らすようにします。 焼香の作法としてのポイントは2つです。 1つは「額にお香をおしいただかない」こと、2つめは「回数は2回とする」ことです。 焼香の流れは本願寺派とだいたい同じで、回数だけが違います。 ただし、葬儀の場で「お焼香は1回でお願いします」などと案内されることがあるでしょう。 葬儀の所要時間削減のためのお願いなので、案内に従い、1回だけのお焼香としましょう。 まとめ 以上、浄土真宗の宗派と作法の違いについて解説しました。 多少の作法の違いはあっても、基本の信仰は変わりません。 あまり作法にこだわりすぎると念仏が形式的になってしまう恐れがあります。 心を込めて「南無阿弥陀仏」を唱えることが何より大事なので、基本の作法を押さえたら、あとは葬儀や法事の場に集中しましょう。 故人の冥福を祈ることも忘れずに。 関連記事: 関連記事: 納骨堂辞典では東京や関東の納骨堂の紹介をしています。 みなさんのご要望にお応えして人気ランキングや費用、納骨堂の種類についてなども解説していますのでぜひご覧ください。

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浄土真宗ってどんな宗派?|SOBANI

浄土 真宗 宗派

本尊 本山 人数 浄土三部経 本願寺 1174万人 浄土三部経 知恩院 630万人 大日経 高野山 906万人 不立文字 永平寺等 484万人 比叡山 304万人 解深密経 薬師寺 52万人 毘盧遮那仏 華厳経 東大寺 4万人 人数のデータは、文化庁の平成26年12月31日の 「宗教統計調査結果」によります。 仏教の宗派がたくさんある理由 仏教とは、約2600年前、インドで活躍されたお釈迦さまが、 35歳で仏のさとりを開かれてから、 80歳でお亡くなりなるまでの 45年間説かれた教えを、 今日、仏教といいます。 その教えのすべては、 たくさんのとして書き残されています。 これを一切経といわれ、七千余巻にのぼる たくさんのがあります。 そのをどのように理解するかによって たくさんのが別れています。 華厳宗 の教えを一言でいうと、 「 法界縁起(ほっかいえんぎ)」です。 では、華厳経をそのものが説かれたとして 最も重要だと考えます。 その内容が、すべてのものが、 「重々無尽(じゅうじゅうむじん)」のによって、 生じているという「 法界縁起」です。 修行の方法は、 教えを学ぶことと観法は区別されるものではないとして、 学問を重視しますが、 縁起観とか性起観などの観法もあります。 法相宗 の教えを一言でいうと、 「 五位百法」です。 は、この世のすべてのすがたを 明らかにしてさとりを開こうとする教えです。 そのとき、すべては、五つのカテゴリーの百の要素から、 に従って生じていると分析しています。 しかもこの世のすべてはという自分の心が生みだしているという、 「 唯識(ゆいしき)」という、仏教の心理学のようなものを教えています。 これは仏教の基礎理論として、昔のは必ず学びました。 修行の方法として、「五重唯識観」がありますが、 救われるのに三阿僧祇劫(さんあそうぎこう)かかります。 1劫は4億3200万年、 阿僧祇は10の56乗ですので、 途方もない長期間です。 天台宗 の教えを一言でいうと 「 一念三千」です。 「では、お釈迦さまの説かれた一切経を体系づけ、 こそが最も重要なだと考えています。 修行としては、究極のは1つのはずなので、 三方面からみたを、同時に心に観じてさとりを得ようとします。 これを「 一心三観」といいます。 「 一心三観」をベースに教えられる『摩訶止観』にある観法 「 一念三千」とは、 「 三千」とは、すべての現象のことです。 「 一念」というのは、一瞬の心のことですから、 「 一念三千」とは、自分の一瞬の心に、 ありとあらゆる現象がそなわっていると 実証することをいいます。 (尚、を重視するというものもありますが、 開祖の日蓮は、「 余経もも詮なし」 もそれ以外のも助からない と主張して、一切経に説かれていない題目を勧めていますので、 現在では仏教とは考えられていません) 禅宗 禅とは精神統一のことで、立ちながらの立禅や、 歩きながらの歩行禅などありますが、座りながらの 座禅が多く用いられます。 では、「 教外別伝 不立文字」、 文字を使わず、教えのほかに伝えると言って、 拠り所となる経典を定めません。 「 釈迦何する者ぞ」というさえもあります。 そして問答を繰り返すなどして 師匠のから弟子に徹底的に教育します。 また、曹洞宗では、 ただひたすら座禅をすることが、 そのまま悟りのあらわれる姿だ としています。 黄檗宗では、禅との融合を説いて 禅浄一味と呼んでいます。 真言宗 は、一言でいうと「 即身成仏(そくしんじょうぶつ)」の 理論と方法を教えたものです。 では、が他の教えよりもすぐれているとしています。 密教の密は、隠しごとというより、深いという意味です。 密教では、悟りを得るのに「 三蜜加持(さんみつかじ)」を行います。 「 三密加持」とは、の心と口と身体の三蜜といい、 衆生も如来と同じ心になり、 如来の言葉(真言)を言い、手に如来と同じ因を結べば、 如来の力が衆生に加えられるといいます。 その力で衆生の三蜜が力を増し、増幅されていって 如来と衆生が一体になるとして、 これを「 即身成仏(そくしんじょうぶつ)」と言っています。 ちなみに「 曼荼羅(まんだら)」とは、大日経や金剛頂経に説かれる 大日如来の徳を、絵に表したものです。 浄土宗 上人の開かれたの教えは、 一言でいうと、ので救われるという教えです。 ところが現在のは、 法然上人の弟子の弁長が開いた鎮西派というです。 で救われると教えられた法然上人の教えとは異なり、 でもでも救われると教え、が混じっています。 浄土真宗 の教えを一言でいうと、 の一つで救われるという教えです。 それは、法然上人の教えられたのとは、 のを獲得した後に称えるのことだからです。 では、一切経の中でも「 すべての人を救う」と誓われた のことが集中的に説かれている 大無量寿経、観無量寿経、の3つを重視します。 これを「浄土三部経」といいます。 その浄土三部経に説かれるように、 どんな人でも、阿弥陀仏の本願を聞いて、 を捨ててに帰すれば あるがままで苦しみの根元を断ち切られ、 生きているときに変わらないになれる と教えられています。 では、苦しみの根元とは何か、 どうすれば生きているときにそれを断ち切られるのか、 もっと詳しく知りたい方は、メール講座を受講してみてください。

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何故、浄土真宗では、「差別戒名」が存在したのですか。

浄土 真宗 宗派

浄土宗とは は、法然上人(ほうねんしょうにん、別名「源空(げんくう)」)が宗祖となって1175年頃に開かれた宗派です。 本尊は阿弥陀如来で、「南無阿弥陀仏」を称えながら安らかな日々を送り、極楽浄土への往生を祈るという教えが元となっています。 浄土真宗とは 一方、浄土真宗は親鸞聖人(しんらんしょうにん)が宗祖となって1224年頃に浄土宗から文派して開かれた宗派です。 もともと親鸞聖人は法然上人の弟子でした。 本尊は阿弥陀如来と浄土宗と同じ。 「南無阿弥陀仏」と唱えて極楽浄土への往生を祈るという基本的な考えも同じです。 浄土宗と浄土真宗の違い このように見ると、と浄土真宗は非常によく似ていることが分かります。 では、どのような点に違いがあるのでしょうか。 浄土真宗は浄土宗の発展版ととらえると分かりやすいでしょう。 「浄土宗は、念仏を唱えることこそが進行を表す証」としているのに対し、「浄土真宗では、念仏を唱えようとする気持ちが大切」であることに重きをおいています。 浄土真宗が浄土宗と違う点は、極楽浄土への往生のためには念仏を唱えることが必須の条件にはなっていないところです。 浄土宗が念仏を唱えることによって往生できるという考えをひといき超え、浄土真宗はさらに、念仏を唱えて信じているならば、その心が信仰心につながると説いています。 さらに、念仏を唱えようとする気持ちだけでなく、日々の感謝の気持ちは口に出すべきとしています。 それぞれ以下のような配置でかけられます。 浄土宗は昔ながら規律の厳しい宗派で、僧侶は坊主で結婚をしない、肉も食べないという禁欲の毎日を送るのが一般的でした。 その一方で、浄土真宗では普通の髪型をし、結婚をする僧侶が多くいました。 これは、親鸞聖人が「すべての人が差別なく本当の仏教というものを伝えたかったため」であるとされています。 現在では、僧侶が肉や魚を食べたり結婚したりするのは一般的ですが、親鸞聖人がその行為を行うまでは、タブーとされる風潮があったようです。 浄土真宗のお葬式の特徴 浄土真宗の自由度の高さは、お葬式にも現れています。 どのような特徴があるのか見てみましょう。 般若心経は、仏の智慧(ちえ)を完成させることを目的に称えるものです。 浄土真宗では、読経する努力によって報いを得るのではなく、阿弥陀如来のお力に一切をゆだねることで救われるという考え方があるため、あえて読経する必要がないとされています。 そのため、あえて死後に冥福を祈るひつようはないため、冥福を祈るという言葉は失礼に値します。 言葉を添える場合は、「謹んで哀悼の意を表します」という表現を使いましょう。 他の宗派の場合、人が亡くなった場合は四十九日の間は霊であり、四十九日の法要で初めて仏となる考えがあります。 しかし、浄土真宗ではなくなった瞬間から仏の元へ行くとされているため、御仏前が正しい記載方法です。 香を指でつまんだら、そのまま香炉へ移動させます。 また、線香の場合は2~3本に折り、横に寝かせましょう。 他にも細かい違いはありますが、上については代表的な違いです。 浄土真宗のお葬式に参列する機会のために、覚えておくと良いでしょう。 お葬式の豆知識• お葬式の種類• お葬式用語• 宗教と宗派•

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