上村一夫。 シングルモルトウイスキー【上村一夫美女画集】発売のお知らせ

上村一夫が、そこにいた時代。

上村一夫

来歴 [ ] に生まれる。 、デザイン科を卒業。 大学4年生の時に半年間アルバイトで勤務していた・のとして広告制作に携わる。 宣弘社にてテレビの絵コンテを描いていた上村の隣のデスクに座っていたのが生涯の友人であるである。 、の雑誌『』風のパロディ漫画『カワイコ小百合ちゃんの堕落』を『月刊タウン』創刊号に発表。 これが漫画家としてのデビューとなる。 には、としても活動していた阿久と組み、『』にて『パラダ』の連載を開始。 本格的な漫画家活動に入る。 1985年11月、下咽頭腫瘍で入院。 1986年1月11日、死去。 45歳没。 2013年4月、神楽坂artdish にて上村一夫原画展「」開催。 トークイベント 『科学の子とエロスの子〜愛娘トークナイト〜神楽坂の夜は更けて』が行われた。 科学の子とはの長女の、エロスの子は上村の長女、である。 2014年6月〜7月、にて『漫画家 上村一夫の世界 〜昭和の絵師と呼ばれた男〜』展開催。 2017年1月、にて「離婚倶楽部」が遺産賞を受賞。 2017年8月、日本テレビ系「、 」内にてその人生の一部も紹介された。 人物・エピソード [ ] 宣弘社時代の同僚であった阿久悠は、上村を「生まれて初めて出会った天才」と評している。 阿久は宣弘社時代にCMのなどを手がけていたが、上村のうまい絵を見てからは恥ずかしくなり絵が描けなくなったと述べている。 が得意で、東京で5番目にうまいと自称していた。 宣弘社時代には阿久が書いた詩に上村が曲をつけたこともあったという。 主な漫画作品 [ ]• 江戸浮世絵異聞・アモン(連載 1968 - 1969年)• 男と女の部屋(連載、原作: 1970年)• (ヤングコミック連載 1970-1971年)• マリア(漫画アクション連載 1971 - 1972年)• (連載、原作: 1972 - 1973年)• (漫画アクション連載 1972 - 1973年)• (SMセレクト連載、(原作:梶山季之『』『』「ブーツと長靴」 ) 1971年 ) - ゴムマニアで長靴フェチの女子高生が、大好きなピカピカのロング長靴を履いて悦ぶ。 劇画の掲載は男性風俗誌ながら、「女性セブン」に連載の原作を「女性視点」で官能的に美しく描く。 (ヤングコミック連載、原作: 1973 - 1974年)• (漫画アクション連載 1973 - 1974年)• 夢師アリス(ヤングコミック連載、原作:岡崎英生 1974年)• 離婚倶楽部(漫画アクション連載 1974 - 1975年)• 凍鶴(不定期連載 1974 - 1980年)• 悪の華(連載、原作:岡崎英生 1975年)• (連載、原作:阿久悠 1975年)• (漫画アクション連載 1975 - 1976年)• 淫花伝(漫画エロトピア連載、原作:・岡崎英生 1976 - 1977年)• (連載、原作: 1976 - 1977年)• (ヤングコミック連載 1976 - 1978年)• 昭和一代女(Apache連載、原作: 1977 - 1978年)• ゆーとぴあ(ビッグコミック連載、原作: 1982 - 1985年)• 菊坂ホテル(小説王連載 1983 - 1984年)• 一葉裏日誌(不定期 1987年) 画集 [ ]• 『上村一夫 美女画集』 、2004年• 『上村一夫・画集「一枚絵」 (復刻原画イラスト集)』 、2008年• 『ヤングコミック・レジェンド 上村一夫 表紙画大全集』 、2015年• 『上村一夫 美女解体新書』 、2015年 エッセイ [ ]• 『同棲時代と僕』 広論社、1973年 共著 [ ]• 福島泰樹歌・上村一夫画 『歌画集叢書1 花刺客』 言游社、1979年 (限定501部) 出演 [ ] 映画 [ ]• (1973年、、特別出演)• (1974年、、アニメーション、グロスビー 役) ドラマ [ ]• (1974年、ゲスト出演、やくざの親分 役)• (1975年、レギュラー出演、品川巻次郎 役) レコード [ ]• 『坊やお空をごらん』の作詞不詳、『泣き虫おんな』の作詞 評伝・関連作品 [ ]• 松島利行・上村一夫 『上村一夫の世界』 、1973年• 久世光彦 「朧絵師の死 上村一夫」『昭和幻燈館』 、1987年 (のち、1992年)• 阿久悠 「ちょっとお先に」「あとがき」『ちょっとお先に』 河出書房新社、1996年• 山田裕二・増子真二 「上村一夫」『エロマンガ・マニアックス』 、1998年• 久世光彦 「上村一夫ってほんとうにいたのだろうか」『私があなたに惚れたのは』 主婦の友社、2002年• 阿久悠 「上村一夫」「無名のころ」「時代が来た」「われらの時代」『生きっぱなしの記』 日経ビジネス人文庫、2007年• 阿久悠+久世光彦 「昭和の絵師 上村一夫の世界(対談)」『久世光彦の世界 昭和の幻影』(川本三郎・齋藤愼爾編) 柏書房、2007年• 久世光彦 「港が見える丘」『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』 、2009年• 『リリシズム 上村一夫の世界』 、2011年 アシスタント [ ]• 演じた俳優 [ ]• - 2017年放送の日本テレビ系「、 」(、) 出典 [ ]• 阿久悠 「上村一夫」『生きっぱなしの記』 日経ビジネス人文庫、2007年 [ ]• 2020年7月11日閲覧。 外部リンク [ ]• この項目は、・に関連した です。

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上村一夫とは

上村一夫

来歴 [ ] に生まれる。 、デザイン科を卒業。 大学4年生の時に半年間アルバイトで勤務していた・のとして広告制作に携わる。 宣弘社にてテレビの絵コンテを描いていた上村の隣のデスクに座っていたのが生涯の友人であるである。 、の雑誌『』風のパロディ漫画『カワイコ小百合ちゃんの堕落』を『月刊タウン』創刊号に発表。 これが漫画家としてのデビューとなる。 には、としても活動していた阿久と組み、『』にて『パラダ』の連載を開始。 本格的な漫画家活動に入る。 1985年11月、下咽頭腫瘍で入院。 1986年1月11日、死去。 45歳没。 2013年4月、神楽坂artdish にて上村一夫原画展「」開催。 トークイベント 『科学の子とエロスの子〜愛娘トークナイト〜神楽坂の夜は更けて』が行われた。 科学の子とはの長女の、エロスの子は上村の長女、である。 2014年6月〜7月、にて『漫画家 上村一夫の世界 〜昭和の絵師と呼ばれた男〜』展開催。 2017年1月、にて「離婚倶楽部」が遺産賞を受賞。 2017年8月、日本テレビ系「、 」内にてその人生の一部も紹介された。 人物・エピソード [ ] 宣弘社時代の同僚であった阿久悠は、上村を「生まれて初めて出会った天才」と評している。 阿久は宣弘社時代にCMのなどを手がけていたが、上村のうまい絵を見てからは恥ずかしくなり絵が描けなくなったと述べている。 が得意で、東京で5番目にうまいと自称していた。 宣弘社時代には阿久が書いた詩に上村が曲をつけたこともあったという。 主な漫画作品 [ ]• 江戸浮世絵異聞・アモン(連載 1968 - 1969年)• 男と女の部屋(連載、原作: 1970年)• (ヤングコミック連載 1970-1971年)• マリア(漫画アクション連載 1971 - 1972年)• (連載、原作: 1972 - 1973年)• (漫画アクション連載 1972 - 1973年)• (SMセレクト連載、(原作:梶山季之『』『』「ブーツと長靴」 ) 1971年 ) - ゴムマニアで長靴フェチの女子高生が、大好きなピカピカのロング長靴を履いて悦ぶ。 劇画の掲載は男性風俗誌ながら、「女性セブン」に連載の原作を「女性視点」で官能的に美しく描く。 (ヤングコミック連載、原作: 1973 - 1974年)• (漫画アクション連載 1973 - 1974年)• 夢師アリス(ヤングコミック連載、原作:岡崎英生 1974年)• 離婚倶楽部(漫画アクション連載 1974 - 1975年)• 凍鶴(不定期連載 1974 - 1980年)• 悪の華(連載、原作:岡崎英生 1975年)• (連載、原作:阿久悠 1975年)• (漫画アクション連載 1975 - 1976年)• 淫花伝(漫画エロトピア連載、原作:・岡崎英生 1976 - 1977年)• (連載、原作: 1976 - 1977年)• (ヤングコミック連載 1976 - 1978年)• 昭和一代女(Apache連載、原作: 1977 - 1978年)• ゆーとぴあ(ビッグコミック連載、原作: 1982 - 1985年)• 菊坂ホテル(小説王連載 1983 - 1984年)• 一葉裏日誌(不定期 1987年) 画集 [ ]• 『上村一夫 美女画集』 、2004年• 『上村一夫・画集「一枚絵」 (復刻原画イラスト集)』 、2008年• 『ヤングコミック・レジェンド 上村一夫 表紙画大全集』 、2015年• 『上村一夫 美女解体新書』 、2015年 エッセイ [ ]• 『同棲時代と僕』 広論社、1973年 共著 [ ]• 福島泰樹歌・上村一夫画 『歌画集叢書1 花刺客』 言游社、1979年 (限定501部) 出演 [ ] 映画 [ ]• (1973年、、特別出演)• (1974年、、アニメーション、グロスビー 役) ドラマ [ ]• (1974年、ゲスト出演、やくざの親分 役)• (1975年、レギュラー出演、品川巻次郎 役) レコード [ ]• 『坊やお空をごらん』の作詞不詳、『泣き虫おんな』の作詞 評伝・関連作品 [ ]• 松島利行・上村一夫 『上村一夫の世界』 、1973年• 久世光彦 「朧絵師の死 上村一夫」『昭和幻燈館』 、1987年 (のち、1992年)• 阿久悠 「ちょっとお先に」「あとがき」『ちょっとお先に』 河出書房新社、1996年• 山田裕二・増子真二 「上村一夫」『エロマンガ・マニアックス』 、1998年• 久世光彦 「上村一夫ってほんとうにいたのだろうか」『私があなたに惚れたのは』 主婦の友社、2002年• 阿久悠 「上村一夫」「無名のころ」「時代が来た」「われらの時代」『生きっぱなしの記』 日経ビジネス人文庫、2007年• 阿久悠+久世光彦 「昭和の絵師 上村一夫の世界(対談)」『久世光彦の世界 昭和の幻影』(川本三郎・齋藤愼爾編) 柏書房、2007年• 久世光彦 「港が見える丘」『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』 、2009年• 『リリシズム 上村一夫の世界』 、2011年 アシスタント [ ]• 演じた俳優 [ ]• - 2017年放送の日本テレビ系「、 」(、) 出典 [ ]• 阿久悠 「上村一夫」『生きっぱなしの記』 日経ビジネス人文庫、2007年 [ ]• 2020年7月11日閲覧。 外部リンク [ ]• この項目は、・に関連した です。

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上村一夫 ART Exhibition「manazashi」2020年7月24日(金)~8月9日(日)at 代官山 蔦屋書店 2号館1階 階段下ギャラリースペース

上村一夫

糸井 全然違うんですか。 上村 着物なんてまったく着ないような人なんです。 糸井 そうなんですか。 上村 父のお母さんが五反田でバーをやっていて、 お姉さん2人も、お店を手伝っていました。 みんな、お着物でお店に立って、 父の描くマンガのイメージの人だったんですね。 父は、結婚して生活をするなら、 家族は至って普通がいいって、いつも言ってました。 なので、マンガは架空の世界ですよね。 糸井 架空ですね。 だから、女性像も架空だし。 たぶん、自伝的な作品の「関東平野」でも、 上村さんが目を閉じたときに見える自伝ですから。 「そんなもんじゃないよ」っていうくらい、 頭の中のものが出てたんだと思います。 上村 そうなんですかね。 糸井 こうやって展覧会をやったおかげで、 たくさんの絵をいっぺんに見られました。 マンガは1冊ずつしか出ないわけだから、 いっぺんに見ることって、まずないんですね。 さらに言うと、原画がただの原稿じゃなくて、 原画そのものが「持つ」んです。 原画で、「ちゃんと絵ですよ」っていうふうに 描いていたことがわかりました。 改めて見ると、修正に使うホワイトの数が ものすごく少ないじゃないですか。 上村 はい。 ホワイトは少ないと言われますね。 「線に迷いがないよ」って。 だから、うちにもほとんど、 下絵とかも残っていないんです。 バーッと描いて終わり、みたいな。 糸井 すごいですよね。 上村 ほんとに。 最近になって、すごいなと思います。 糸井 今、浦沢直樹さんが、 っていう番組やってますけど。 上村 あれ、おもしろいですね。 糸井 浦沢さんは生きている人しか取材できないけど、 上村さんを訪ねてほしいですよね。 上村 それは見てみたかったですよ。 すごく、そう思います。 糸井 架空だけど、やれないのかな。 糸井 会場には色紙の絵が展示されていたんだけど、 色紙っていうのは、かなりの速度で描くから、 本職の方でも「お、上手ですね」みたいになるんです。 上村さんの色紙は、絵が完全に本物ですよね。 上村 そうですか。 描いてもらった人もびっくりしていました。 それを見て、「ああ、本物なんだな」って思いました。 糸井 いやあ、恐ろしいですよね。 そんな上村さんでも、 デビュー作の頃には、まだ迷いが見えます。 マンガ家になる前の、デザイナーだった当時から ちゃんと絵の描ける人だったのは確かなんだけど、 展示を見て、「あ、やっぱりこういう時代もあるんだ」 と思って、かえってうれしかったです。 上村 あ、そうですか。 糸井 「パラダ」なんて、たぶん読んでましたよ。 阿久悠さんも、上村さんのマンガとおなじように、 「ナイフを光らせて男を待ってた」みたいな 歌詞を書いていましたからね。 上村さんと阿久悠さんは、 自分を売り出すときの狙い目が的確でした。 阿久悠さんは、作詞の方法論を 持っていた方だと思いますし。 それでも晩年になると、 阿久悠さんの歌謡曲も、上村さんの劇画も、 需要が少なくなる時代にさしかかっていました。 だから、上村さんがもっと長く生きていたら、 悔しさみたいなのを味わったかもしれません。 享年45歳。 すごく若いけど、よかったのかもしれないね。 上村 ほんとに、そうなんです。 糸井 平成を知らないで亡くなったんですっけ。 上村 そうなんですよ。 父は1986年の1月に亡くなりました。 昭和を駆け抜けた感じですね。 父が亡くなってから、 うちにいっぱい写真が戻ってきたんですが、 ほとんど酔っぱらって、楽しく飲んで歌って、 という写真ばっかりでした。 それを見たときに、 おおいに描いて、おおいに飲んで、 これでよかったかなって、やっと思えました。 糸井 あと、上村さんのマンガには、 いいセリフや文章も、いっぱいあるんですよね。 上村 はい。 詩的な文章がありますね。 糸井 正直に言いますと、 当時のぼくは、上村さんがそういう文章を書くのを、 「またかっこつけて」って思ってたんですよ。 どうしてこの人は、年寄りを演じるんだろうって。 ぼくは年下ながら、 まだ似合わないんじゃないかなと思っていたんです。 それはね、ぼくが、ちょっと醒めたガキで、 生意気なことを思っていたんですよ。 でも今、上村さんのマンガの文章を読むと、 その文章がよかったと思えます。 上村 そうですか。 糸井 あの頃が、上村さんの晩年だったんだよ。

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