富士山 滑落 その後。 富士山滑落の配信者遺体で発見 ニコ生の賠償責任 末期癌司法試験浪人中40歳TEDZU氏

富士山の滑落したひとですが、遺体の損傷が激しくて性別不明とのことですが...

富士山 滑落 その後

ニコ生で「放送事故」となってしまった、富士山の滑落死亡事故の様子が撮影された動画ですが、動画の途中で声が聞こえると話題になっています。 1つは、 動画の7分7秒のあたりで、女性の声色のような感じで、「来ないで」と聞こえる音、そしてもう1つが、 10分07秒のあたりで男性の低い声のような感じで、「こっち来い」と聞こえる音です。 もちろん、事故があった時期は富士山の登山シーズンではなく、亡くなった生主の近くに人がいたとは考えられません。 ただ、ニコ生配信中だったので棒読みちゃんの声、または、山という特殊な地形で撮影された動画であり、風の音が思わぬ形で反響するといったことは十分に考えられますね。 それでも、死亡事故が起きた現場で聞こえたこともあり、恐怖の心霊現象として、事故から半月以上経った今、改めて動画が話題となりました。 ニコ生の富士山滑落動画、亡くなった塩原徹には数多くの批判、生活実態を取材するマスコミも ニコ生配信での富士山滑落で亡くなった男性生主は、47歳男性の塩原徹さんと報じられました。 事故後、塩原さんには危険な冬の富士山に軽装備で登山し、結果として多くの方に迷惑をかけたことなどで、死亡後も批判される結果となっています。 さらに、事故がニュースで取り上げられ話題になったことで、マスコミにより普段の生活実態も取材されることになりました。 アパートの大家から、あまり社交的ではなく内気であったこと、部屋が散らかっていて、生活する部屋とは別に配信用の片付けられた部屋を借りていたことなどが暴露されています。 司法浪人中であり、親しい知人も少なくニコ生が生きがいであったということも伝えられました。 誰でも世界中に動画を配信できるニコ生やYoutubeといったツールでは、もちろん塩原さん以外にも、似たような境遇の配信者は少なくありません。 動画配信を通して、社会とのつながりを得ることができるのは非常に便利なツールですが、一方で依存してしまう危険性もあります。 死亡事故にまで至る例はほとんどありませんが、目立ちたいといった動機から行った不用意な行動が炎上してしまうこともあるので、気をつけないといけませんね。

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富士山の滑落事故に思うこと。滑落が止まらない恐怖

富士山 滑落 その後

谷間に吹きだまりとなった雪がクッションの役割 男性は、2019年10月28日に山頂付近で足を滑らせ、滑落したような跡が見つかった7合目付近で、2日後に遺体は見つかった。 標高差は、約800メートルあった。 11月5日夕時点で、静岡県警が身元の確認中ともみられている。 過去の新聞記事をデータベース上で調べると、数百メートルの滑落は珍しくなく、中には1キロを超えるケースもあった。 その多くが死亡例だったが、富士山でも、1キロを超えて滑落しても、奇跡的に助かったケースが報じられていた。 1992年11月24日には、山頂付近から突風にあおられて滑落した男子大学生が、静岡・御殿場側の6合目を過ぎたところで1日経って救出された。 1週間の軽傷で済んだという。 静岡新聞などによると、1キロ滑落しても助かったのは、谷間に吹きだまりとなった雪がクッションの役割を果たした。 山岳部のパーティーで参加して、冬山の装備もしており、ビバーク(緊急的な野営)したり、非常食を食べたりしていたそうだ。 また、1996年5月11日には、会社員男性が静岡県側の9合目を過ぎたあたりを下山中にアイスバーンで足を踏み外し、約1キロ滑落した。 しかし、右足首を骨折するケガで済んだという。 単独の登山だったが、目撃者がアマチュア無線で助けを求めていた。 50年前には、約2キロも滑落し、重体となった人も さらに、2006年12月4日には、別の会社員男性が9合目付近で突風を受けてバランスを崩し、7合目付近まで約1キロ滑落した。 胸の骨を折るなどの重傷を負ったが、命に別状はなかったという。 登山仲間と登っており、この仲間が110番通報していた。 新聞記事のデータベース上にはないが、過去には、なんと約2キロも滑落したケースもあったらしい。 筑波大学のサイト上に掲載されている水理実験センター報告の第2号(1978年)では、林陽生、泉耕二両氏の「富士山遭難記録表」が大学スタッフの切り抜いた新聞記事12年間分(1964~75年)の滑落例などをまとめている。 それによると、1969年3月23日には、9合目から2キロ下の5合目にある山梨県側のツバクロ沢まで2人が滑落した。 1人は死亡し、1人は重体だった。 その後の生死は記事だけでは分かっていないようだ。 なお、1キロ滑落してケガで済んだケースは、68年と70年の2例あった。 12年間で滑落事故は50件あり、雪崩が多い他の山とは対照的に、突風や強風によるケースが最も多い。 また、冬山訓練が度々行われる11月の事故が飛び抜けて多かった。 御殿場口や吉田口から山頂に向かうルートは、「ツムジ地帯」「突風地帯」と呼ばれる地点が点在しており、航空機の墜落事故も多いという。 男性が滑落したのは、その中間点ぐらいの山頂付近だった。 地元・富士宮山岳会の工藤誠志会長は、「1000メートルぐらい転落して助かったケースは、ツバクロ沢などでたまにありますね。 柔らかい雪に軟着陸して助かったということだと思います」とJ-CASTニュースの取材に話す。 男性の場合は、11月に入る前の岩が露出したりしている時期で、雪もまだ十分に積もっていなかったのかもしれない。 (J-CASTニュース編集部 野口博之).

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富士山滑落動画で「来ないで」と女性の声が聞こえると話題に!塩原徹氏が滑落する数分前には「こっち来い」との男性の声も

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7合目付近で性別不明の遺体 白くさらに雪化粧した富士山が、青空の中にくっきりと浮かんで見える。 男性が行方不明になって2日経った2019年10月30日朝、ツイッター上では、こんな美しい写真が次々に投稿された。 その一方で、男性が未だに見つかっていないことに対し、安否はどうなっているのかと心配の声が寄せられた。 各メディアの報道によると、富士山の7合目付近にかけての静岡県側の斜面に滑落したような跡が見つかったことから、県警の山岳遭難救助隊がこの日7時30分から男性の捜索を再開した。 そして、13時40分ごろになって、標高約3000メートルの7合目付近で、男性の可能性もある性別不明の遺体を見つけた。 7合目の山小屋「大陽館」から南に約800メートル離れたところで、ここから山頂までは平均的な人が歩けば4時間はかかる距離だった。 遺体は、ほとんど雪に埋まった状態で、衣服が破れ、損傷が激しかったという。 リュックサックが近くに落ちていたが、身元を確認できるものは見つかっていないとも報じられている。 男性の可能性がある遺体発見が報じられると、まだ身元は確認されていないものの、ツイッターやネット掲示板などでは、「本当にそこまで滑っちゃうのか・・・」「こんな結果になってしまったのは残念」とため息が漏れた。 一方で、「下調べもせず あまりにも無謀だった」「そうまでして生配信の視聴稼ぎたかったのか?」「この件を教訓に登山の厳しさが改めて認識されると良い」との意見も書き込まれている。 南アルプスで滑落の4日後に救助 冬山登山の富士山は、強風も吹いて特に危険だとされており、装備を固めた山のベテランらでも、度々滑落事故が起きている。 朝日新聞の2016年11月23日付朝刊記事によると、山岳会所属の男性と大学山岳部員の2人が、山頂に近い9合目付近で滑落し、標高差約900メートル下で遺体となって発見された。 このことについて、当時の警察は、「斜面は雪が堅く凍結したアイスバーン状態で、スケートリンクのような感じ。 一度スリップしたら止めるのは不可能だ」と取材に話していたという。 ただ、富士山ではないが、滑落して助かるケースも過去に報じられている。 静岡新聞の1992年5月7日付朝刊記事によると、南アルプス・聖岳の北斜面で滑落した会社員男性は、4日後に奥赤石沢で動けなくなっているところを救助されたが、そこは、滑落場所の稜線から1キロほども下にあるところだった。 男性が左足を骨折しても助かったのは、運だけではなかったらしい。 この男性とみられる人は、山専用サイト「ヤマレコ」で、20年以上経ってその体験を語っており、今回をきっかけに再びネット上で注目を集めている。 それによると、猛スピードで落ちながらも、身に着けたピッケルを雪に刺して滑落をストップさせるのに成功した。 その後も、ザックに入れたシュラフや食糧を頼りにビバーグして夜を明かしていたという。 (J-CASTニュース編集部 野口博之).

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