タタ モーターズ 株価。 【インドADR個別銘柄②】タタ・モーターズについて調べてみた

ジャガーから2500ドルカーまで――世界中が注目の「タタ・モーターズ」とは?

タタ モーターズ 株価

タタ・モーターズの概要 1945年に創業。 インド最大級の財閥であるタタグループを構成する主要企業の1つで、ジャガーとランドローバーが子会社としてあります。 商用車で国内シェアNO. 1、乗用車で国内シェアNO. 2の実績があり、インド国内では安定した大企業というイメージです。 インドでは誰もが知っている大企業で、グループ会社が飲食、通信、ホテルなどありとあらゆる業界に進出しています。 インドに住んでいるとTATAという文字を見かけない日はないくらいですね。 株価と業績 諸データ(2018年10月時点) PER : 19倍 PBR : 2. 反面営業利益は下がっていってますね。 しかし、株価同様、上下が激しいですね。 商用車は現金決済が多かったため、高額紙幣が廃止になったことで商用車の売上も落ちたとのこと。 ちょうど高額紙幣が廃止になった時、インドに滞在していましたが中々の混乱状態でした。 ATMは数時間待ちもザラで、銀行が車出し、臨時の移動ATMとして使用しているくらいでした。 インドはトップダウンであらゆることが決まり、またそのスピードも日本とは比べものにならないくらい早いです。 こういった政府の決定でここまで売上が上下するというのは新興国ならではですね。 日本ではあり得ないです。 ここまでボラティリティが高い株だとリスクも高いですが、長期保有ではなく下がっている時に買って、上がったら売るというスタンスで取り組みたい株ですね。 企業自体はかなりの大企業で安定しているのでいきなり経営破綻、といったことは考えにくいですが先述の通り、インド国内の政治リスクがあることは念頭に置いておく必要があるでしょう。 これはどのインド株に置いても言えることですが・・・。 rokusukeはそろそろタタモーターズの株価が底を打ったと考えて、少しだけ買ってみたいと思います。 インド株を購入するための方法はこちら タタモーターズの株はSBI証券や楽天証券で購入できます。 外国株に興味がある方はとりあえず口座開設だけしておきましょう! 開設だけなら無料なので複数の口座を作っておくと後々便利です。 SBI証券の口座開設はこちら.

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タタ自動車が巨額赤字 19年3月期最終、ジャガー売却観測 (写真=ロイター) :日本経済新聞

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タタ・モーターズについて タタ・モーターズ タタ・モーターズとは? タタ・モーターズとはインド最大の財閥である「タタグループ」の傘下にある自動車メーカーです。 インド最大の自動車メーカーであり、商用車としてはシェア1位です。 商用車の種類は、大、中、小型問わず130種類のモデルを製造、販売しています。 「タタグループ」は、金融や不動産、鉄鋼、食品、通信など、あらゆる分野に進出している巨大グループで、最近では、2008年にフォード社からジャガーとランドローバーを買収したことで世界的な注目を一気に浴びるようになりました。 沿革 1945年 会社設立。 ムンバイに本社を置く。 1998年 インド初の独自開発乗用車であるインディカを発売。 2003年 インディカを「シティーローバー」の名称で英MGローバーへ供給を開始し、欧州へ進出。 2004年 韓国の大宇を買収し、タタ大宇商用車を設立。 2005年 スペインのヒスパノカルセラを買収 2005年 10万ルピー車「ナノ」を計画。 2006年 イタリアのフィアットと提携しジョイントベンチャーを設立。 2008年 タタ・ナノの開発を発表。 2008年 フォード・モーターからジャガーとランドローバーを約23億ドルで買収 2009年 タタ・ナノ発売.

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★タタ・モーターズ、「ナノ」を発売

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タタ財閥(タタ・グループ)はインド最大の財閥です。 1868年に創設されました。 現在、100社以上の企業を抱えます。 業種は多岐にわたっており、いわゆる「コングロマリット(複合企業体)」です。 このうち30社以上が株式を上場しています。 世界80国以上でビジネスを行っています。 グループ全体の売上高は1130億ドル(2019年)です。 主な産業分野は、素材、エンジニアリング、エネルギー、消費財、化学、通信・情報、サービスです。 従業員数はグループ全体で72万人 2019年 にのぼります。 持ち株会社「タタ・サンズ」が親会社として、グループを束ねています。 タタ財閥の中核企業 タタ・スチール タタ・スチールは鉄鋼メーカー(製鉄会社)です。 粗鋼生産量でインド最大手です。 世界ランキングは11位(2018年実績)になっています。 2007年に同業大手の英蘭系コーラスを買収しました。 それによって世界的地位を確立しました。 タタ・モーターズ タタ・モーターズは自動車メーカーです。 商用車では国内最大手です。 乗用車では国内3位です。 10万ルピーの超低価格車「ナノ」の発売によって世界的に注目されました。 海外企業の積極的に行いました。 2004年に韓国大宇自動車の商用車部門を買収しました。 スペインのバス大手ヒスパノ・カルセラも買収しました。 日産の南アフリカ工場も買収しました。 2008年には米フォードから、名門の英国ジャガーとローバーを23億ドルで買収しました。 タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS) タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)は、情報技術サービス会社です。 タタ財閥の中で最も多く利益を稼いでいます。 株式の時価総額でインド国内1位です。 売上比率が高いのが「金融向けサービス」です。 歴史 創始者ジャムシェトジー・タタ タタ財閥の創始者は、ジャムシェトジー・タタ(1839年~1904年)です。 ジャムシェトジー・タタは1839年、インド西部ナブサリで生まれました。 実家はパルシー(拝火教徒)の僧侶でした。 歴史の長い一族だったと言われています。 祖先を40代近く遡ることができるといいます。 ジャムシェトジーから14代前の16世紀後半にはムガール朝のアクバル帝の庇護を受けた有名なゾロアスター教祭司の親戚に血筋がつながります。 創始者の父親が商売を興す ジャムシェトジーの父はナッセルワンジー・タタ(1822年~1886年)です。 17歳のときに、息子ジャムシェトジーを生みました。 年齢の近い親子だったのです。 ナッセルワンジーは、少年時代にインド西部ナブサリの金融業者の下で商売を勉強しました。 その後、ナブサリからムンバイ(ボンベイ)に転居。 友人と共同で貿易会社を立ち上げます。 中国との阿片貿易に従事しました。 貿易で成功 1852年、ジャムシェトジーは、ムンバイで商売をしていた父のもとに引っ越します。 翌年、名門エルフィンストーン大学に入学しました。 14歳の若さでした。 その後、父親のもとで本格的に商売をすることとなり、海運事業を積極的に展開します。 インド、イギリス、中国の「三角貿易」で大成功しました。 さらに、「インドの産業報国」を掲げ、製造業などの近代産業の形成していきました。 1991年以降の開放経済 インドでは、イギリスの植民地時代から、タタやビルラなどの有力な老舗財閥が存在していました。 1947年の独立後、公企業拡大優先の混合経済体制の下で一定規模以上の民間企業、とりわけ財閥系企業はおしなべて政府による様々な規制や干渉を受け、隠忍自重の時代を強いられました。 この状況が変わったのが1991年です。 政府の経済改革によって規制緩和が図られ、民間部門の活動範囲が広がりました。 民間が主導する形で経済が発展するようになります。 その中心の一つとなったのが、タタ財閥でした。 一方で、リライアンスなど新興財閥が多数台頭するようになり、競争も激しくなりました。 5代目ラタン・タタが世界展開 1991年、ラタン・タタ(1937年~)が5代目の経営トップに就任しました。 ラタンは創始者のひ孫です。 米国コーネル大学などで学んだ後、1961年からタタ・スチールなどで現場仕事や経営を学んできました。 タタ財閥はラテン・タタの指揮の下で、1990年代と2000年代にわたって、規模拡大と世界展開を進めました。 経営の特徴 タタ財閥には、ゾロアスター教徒(パーシー)の家系出身だった創始者の理念が受け継がれています。 創始者ジャムシェトジー・タタは、インド科学大学院大学(IISc)の創設など人材育成に多大な足跡を残した。 さらに企業の社会的責任(CSR)をいち早く導入させた人物として知られています。 その後継者たちも、従業員の福利厚生や慈善事業に取り組みました。 タタ財閥では、親会社(持ち株会社)であるタタ・サンズの株式の過半数をタタ一族の慈善事業財団(サー・ラタン・タタ財団およびサー・ドラーブジー・タタ財団)が保有しています。 タタ・サンズとグループ企業との関係は、かつては「タタ」ブランドの使用を許可された企業との緩やかな関係でした。 グループ会社への支配を強める ラタン・タタが5代目の経営トップに就任してから、タタ・サンズによる各グループ企業に対する持ち株比率はかなり高まりました。 各グループ企業での持ち株比率を大幅に増やし、各社からの配当収入を得てグループ企業の事業運営、海外企業を含めた買収活動などを行うようになりました。 タタ・サンズは、経営トップの人事を含めてタタ財閥の最高経営決定機関として機能しています。 「TATA」ブランドとタタの商標の所有権を持ち、傘下のグループ会社にタタのロゴマークの使用の許認可権を持っています。

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