戸田真琴 ツイッター。 「自分らしさ」まで裁かれる世界で、死なないために。戸田真琴さんが提案する「オンリーワンにもならなくていい」生き方

処女のままデビュー、戸田真琴がAVの仕事を通して考えたこと

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「ヒッチハイク中学生」が量産されるネットの世界 「ヒッチハイク中学生」が注目されることを欲望しているのは明らかだった。 本人のSNS投稿の中には「1000RT以上で裸足でアメリカ横断します」などの記述があり、そこには身の安全を心配する声に交じって、「世間知らず」「厨二病」といった批判も多数寄せられた。 「何者か」になろうとして極端な言動に走る人、それを支持したり批判したりする人、ただ拡散する人……。 そんな構図が展開されるのは、ヒッチハイク中学生の例に限らない。 その時々でプレイヤーは異なるのに、日々同じことが起こっている錯覚にさえ陥る。 情報を猛スピードで消費しながら、反射的に「いいね」や「リツイート」を押し続けてしまう私たちの「共感のしかた」に、戸田さんは常々、違和感を覚えていたという。 「そもそも日常生活で話し合いをするときには『140字以内』の制限はないし、ひとこと『馬鹿じゃないの』って罵倒するために、面識のない他人を呼びつけることもないですよね。 本来、きちんとしたステップを踏んで関係を作って、言葉を尽くすことをしなければ、互いを理解し合うことはできない。 沸騰するツイッター上のやり取りから一呼吸置くように、戸田さんはこう書いた。 《彼がしていることは間違っていると思うのだけれど、どれだけのリスクがあることなのか正常に判断できるだけの経験や知識が中学生にあるわけがないので、そもそも『裁かれる』以前の段階にいる存在なのだ》 戸田さん自身、SNSは好きだ。 「仕事をしているとき、ご飯を食べているとき、寝ているとき……それ以外は、ほぼ一日中見ているんじゃないかな」。 それなのにどうして、「ネットっぽい反応」にならなかったのだろう。 聞くと「共感することが苦手だからかも」という答えが返ってきた。 共感できなくても、理解しようとすることはできる 「子どもの頃から、空気が読めないタイプでした。 自分では褒めるつもりで発した言葉が、相手にとっては傷つく言葉として受け取られてしまった経験などもよくありました。 簡単に『共感』できないからこそ、相手と自分の距離を顧みる構えが身に付いた気がします」 「常に周囲から少しだけ浮いていた」。 それが戸田さんの学生時代の記憶だ。 両親はしつけに厳しいところがあり、高校生になるまで携帯電話を持たせてもらえなかった。 「中学生にもなればみんな持ってたんです、ケータイ。 放課後もツイッターやラインで仲良くやり取りをしているのに、私は加われなかった」。 異性とは、交際はもちろん、接触することさえ避けるよう言い含められていた。 そのせいで異性に対して「恐怖に近い感情」があり、高校の友達が恋バナで歓声を上げていても、その輪に入ることができなかったという。 19歳のとき、セックスをした経験がないのにAV女優になることを決めた。 「男性と関わることへのハードルが高くなり過ぎたことが、生きる上で足かせになっている感覚があったんです」 「無謀過ぎる」「共感できない」と揶揄する人もいるかもしれない。 そう、ヒッチハイク中学生を見たときのように。 でも、戸田さんにとっては「当時の自分のサイズ感で、考え抜いた末の選択だった」のだ。 「AVに生かされた」と話す戸田さんの実感を、戸田さんとして生きたことがない私たちが裁くことなんてできない。 戸田さんは「ヒッチハイク中学生の『何者かになりたさ』に共感したわけではない」という。 ただ「馬鹿にする人だって、中学生だったことあるはずなのに」と思った。 切り捨てるのではなく、理解しようとすることが必要なのではないか。 戸田さんはそう問いかける。 「スマホの画面に収まる情報だけで、共感できるかどうかをジャッジする。 『共感できない』と思うと大声で批判する。 それは誰のためにもなっていないと思います。 つい反射的な言動をしてしまうことは私もあるけれど、あと1分、10分、1日遅れてもいいから、ちゃんとした言葉を話したいと思う」 平凡なのも、ダサいのも、自己責任? いつから私たちは、「何者か」になりたい、と欲望するようになったんだろう。 平成のヒットソング「世界に一つだけの花」では、誰もが「もともと特別なオンリーワン」と歌われていた。 シングルリリースされたのは2003年、「失われた20年」といわれた不況の真っ只中。 一発逆転なんて無理、という雰囲気が社会全体に満ちていた頃、「ナンバーワンにならなくてもいい」とありのままを肯定してくれるその歌詞はとても優しく響いた。 でも、SNSが浸透し、働き方改革が声高に叫ばれるようになった昨今、「オンリーワン」は市場価値を高めるための武器として使われるようになっている。 何者にもなれないのは、あなたがSNSという「誰にでも開かれたツール」を使って頑張らないからじゃないですか。 ダサくてうだつが上がらない人生を嘆いた途端、速攻で自己責任だと笑われそうで、息苦しい。 ナンバーワンもオンリーワンも拒否したら、そんな存在は価値がない、ということになるのだろうか。 戸田さんは「ナンバーワンもナンバーワンじゃない人も、オンリーワンもオンリーワンじゃない人も、全部いい。 全部、いいんですよ」と力を込める。 「今はきっと、オンリーワンがフューチャーされる時期なんです。 楽しくない仕事を頑張るのが当たり前というのがこれまでの空気だったから『もっと自分らしく生きよう』という言葉が力を持つ。 そういう働き方を広めることをビジネスにするオンラインサロンが儲かる。 そのこと自体が悪いわけではないです。 でも『こちら側に共感しない人は社畜』とか、誰かの誇りをわざとちょっとだけ傷つけて焦らせる『商売』のための言葉に、振り回されないでほしい」 戸田さんが「SNSで死なないで」と書いたのは、そこでジャッジされるあなたが全てじゃない、と伝えたかったからだ。 「最近、市場価値っていう言葉もよく耳にします。 それも含めて『価値』って変動するものだと思うんです。 例えば、体育会系の世界の中では『元気よく挨拶ができること』ってきっと大切。 でも、芸術の世界に行ったら『挨拶ができたっていい作品を作れなければ意味がない』と言われるかもしれない。 だけど、いい作品が作れない芸術家がいたとして、その人だって家族の中にいるときは、毎日健康で生きていてくれるだけでありがとう、って思われていたりするかもしれない」 《(特別になりたいという)欲望だけに踊らされたら、それ以外のあなたのたくさんのいいところがかわいそうだ。 毎日会社にちゃんと行けるとか、満員電車を耐え抜いているとか、平凡なツイートをたまにしていることとか、それに別に誰からも反応がなかったこととか、冗談がうまく言えないとか、そういうの全部、SNSのネタになんかならなくていい、ただ単純にめちゃくちゃ良いところだと思う。 今日のその目に映る世界は今日の貴方しか見ていない世界、それだけでなんて綺麗なんだろう。 だから、そういう少しずつの、一見地味な素敵さを、重ねて世界はちゃんと回っている》 優しくて、強い。 戸田さん自身、他者のまなざしによってジャッジされることから決して自由ではないからこそ、生まれた一節だ。 セックスをしたことがない、という戸田さんのごく個人的なコンプレックスは、AV業界の需要に合致した。 自分の殻を破る起爆剤になったのは確かだ。 でもそれは、個の領域を「需要と供給」という視点で裁かれる市場に、晒していくことでもある。 「必要なら利用するべきときもある。 でも、お金に結び付けたくないから大切に隠しているものもある。 私はそのラインを、自分の手で引くようにしている」と戸田さん。 私たちは今、何を生業とするかにかかわらず、その微妙なバランスの上で人生の舵を取ることを強いられているのだろう。 「もう落ち込むことしかできないって思えたときは、ちょっと視点を変えてみることにしています。 SNSでの私は『すべて』ではないし、目の前の世界での私もまた、『すべて』ではない。 視点を変えれば何がいいことで何が悪いことなのか、というのも変わる。 そういうふうに視野を広げてみれば、心の底から本当に絶望するしかないことって意外とない、と私は思うんです」 (取材・文:加藤藍子 編集:泉谷由梨子).

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楽天ブックス: あなたの孤独は美しい

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昨年12月に処女エッセイ『あなたの孤独は美しい』(竹書房)を上梓し、本格的に執筆活動を始めたAV女優の戸田真琴。 3月23日(月)には早くも2冊目の著書『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』(KADOKAWA)を発売した。 <人生において大切なたったひとつのことは、「あなたの孤独は美しい」という事実>と綴り、世間から浮いてしまった時、無理やり集団に混ざろうとするのではなく、孤独を肯定して自分自身を失わずに生きていってほしいと語る彼女のインタビューを3回連載でお送りする。 2回目のテーマは「AV女優」。 19歳の時、出演AVで処女を喪失するという衝撃的なデビューを飾った戸田。 彼女がAV女優という仕事を通して感じたこととは……。 * * * AV女優になって後悔したことは、今の所はあまりないです。 具体的にあるとしたら、美容院で職業を聞かれた時に言えなかったりするくらいかな。 あとは昔の友達に会う時に、私がAV女優になったのを知っているのか知らないのか分からないのでなんとなく避けちゃうとか。 AV女優になる前を知っている人と会うのは気合いがいりますね。 たまに同級生や昔の友達から、「ツイッターで見つけたよ」とか「頑張っているから応援するね」とか言われることがあります。 大体はポジティブなメッセージなのでうれしいですね。 AV女優になったとたんに昔の同級生に口説かれた、とかって話をたまに聞きますが、今のところ私がAV女優になったと知って口説いてきた人はいませんね。 もともとモテるほうではないのですが、そのうえ念のため恋愛対象にされにくくなるように意識しています。 あまり女っぽくみられないように調整するというか…。 親しい人との会話でもそうです。 思春期の時に、私にとってはフラットな行為であっても、相手の異性には好意を持っていると思われたことがありました。 私は好きな人に対して、友達としての好き、頭が良いから好きなど、恋愛感情とは別の理由でもあまり良く考えずに「好き」と言ってしまうタイプだったんです。 「好き」という感情は、今言わないとなくなってしまうかもしれないし、明日には言えないかもしれないから、なるべくすぐに伝えるようにしようと心がけていたんです。 でも、その好きがフラットには伝わらず、「じゃあ付き合おうか」という、恋愛としての「好き」としか捉えられないというか。 今思うと私が悪いんですけど、そういう事故をしまくってしまったんですよね。 それからは、なるべく(恋愛という意味に限らないよ、という)気持ちが伝わるように、さっぱりした感じで言うように努めてきたんですけど、その癖は今も抜けないですね。

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戸田真琴 9万人フォロワーのツイッター卒業した理由を告白|日刊ゲンダイDIGITAL

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自己紹介PR 戸田真琴です。 見せるもんかと守ってきものを見せても見せても全部残っていました。 それはわたしが君に逢うための道なのだと思います。 裸になっても見せることの叶わないものを 内臓よりも深くから持ち出して君に挿すための今だと思います。 あの曲がり角の先には何があるだろう、愛も夢も誠実さも流星みたいに通り過ぎてきれいだったね、この場所で よいものとわるいものの違いを永遠に私が亡くしたら よいものもわるいものも映画みたいにね わたしはまだあなたに見せていないものを隠し持っていて、 それは切ないわたしの宝物だからいつまでもここで待っている。 きみが本当にほんの少しでも独りなら、 私が私を全うするための力をください。 私は映画を撮りたいです。 将来の夢:本当にやさしい人 チャームポイント:人といる時脳が半分も働かなくなってるようなところ 最近起きたウレシイ出来事:綺麗な言葉の手紙を貰ったこと 最近起きた悲しい出来事:かっこいいと思って公開した太陽の写真に「何が写ってるのかわかんない」と言われたこと 好きな映画:「ミステリートレイン」「Stand By Me」「Life is Beautiful」「クーリンチェ少年殺人事件」「この世界の片隅に」 好きな本:「銀河鉄道の夜」 「これだけは人に負けない!」というもの:舌の長さ(たぶん) 人生で「これだけは経験しておきたい」こと:宇宙旅行 落ち着くと思う場所:午後三時の下り電車 好きな言葉:ダイヤモンドは砕けない あなたにとってのアイドル:金子理江さん。 所属 Bstar 審査員のコメント 青山裕企 勝負服はいつも全身真っ黒を纏うまこりんの美しさについて、わたしが補足的に言葉をついやして伝えられることなんて、何一つなくて。 まこりんはまこりんの言葉をすでにもっているし。 「一番消費される世界で消費されなければ私の勝ち」と、まこりんが孤独に闘っていることを、毎日欠かさず私は思っているし、それぞれ別々だけれど、それでも仲間です、戦う仲間でいます、人生をかけて永久に。 それはたくさんの人の仲間にもなれることを、私たちは知っているし、それがまだ届くべき人に届いていないこと、大切なものを平気で踏み潰されることに、慣れゆかないのですが、 きっとあなたはこの世界には優しすぎて、ぶっちゃけ自分で言いますけど私もそうで、この文章をわざわざ読んでいる人やミスiDに関わっている変な人たちもみんなそうで、そこには、独自の、ドラマの真似事なんかじゃないオリジナルの愛があります。 その愛がわからないなんて、勿体ないなぁって思うんです。 好きな世界を好きな文化で好きな色で拡張しましょう。 絶対に 私の才能でできること全てをまこりんに尽くします。 大山卓也 去年の春、とんでもないドキュメントのようなデビュー作でデビューする新人女優さんがいる。 AVをこよなく愛するAV紳士として、その情報はかなり前からキャッチしていました。 「戸田真琴」という、その新人女優のツイッターアカウントももちろんそっとフォローしていました。 その数日後のこと。 突如、その戸田真琴という女優さんからフォローバックが来たのです。 忘れもしない、6月10日のことでした。 気持ち悪いですね。 わかります。 でもね、なぜ覚えてるかというと、それがミスiD2017のカメラテストの初日のことだったからです。 カメラテストをしながら「うわ…まこりんにフォローされたよ」と血がたぎるその時の感触を、はっきりと今でも覚えてます。 その頃はまさかその1年後に、その戸田真琴がミスiDを受けることになるなんて思うわけもなく。 戸田真琴という女の子の素晴らしさについてはもう、僕などがここで書くまでもないと思います。 どこから?と思うほど一見か弱そうに見えるからだを超えて滲み出るファイティングポーズ。 みずみずしく繊細で丁寧な感受性の化け物のような文章は、特に映画評のレベルを超えた映画評は、いま読める日本の最良のエッセイだと思います。 もっともっと、圧倒的にもっと評価されるべき。 でも、今回ぼくがなんというか無性に嬉しかったのは、彼女が「AV女優だから」みたいな評価のされ方を一つもされなかったことです。 出自が、とか、ジャンルが、とか、それはありなのか?みたいな、そういう頭の悪いものの見方が、ネットの声に至るまでほとんど聞こえてこなかった。 ただ戸田真琴という女の子が、人としてどう魅力的か、書く文章がいかに魅力的か、そしていかにただただ可愛いか、なんていうことに終始したこと。 そして、最後の11月3日の授賞式で、16歳の素人女子高生と、小説家を志す看護師と、バーレスクのダンサーと、いろいろあった元清純派タレントと、現役AV女優エトセトラ…が、それこそなんの違和感もなく並んでるのを見た時、なんだかミスiDやってきてよかったなあと思ったのです。 こういう景色が見たかったなと。 人間関係は似た者同士が集まると、とてももろいものになりやすい。 ほぼ同い年だったり、同じようなジャンルで生きてたり、同じ夢を目指すものだけが集まる世界は、実はとても息苦しくて、比べやすく、お互いを敵視したり、時には排除に向かいます。 だから、ミスiDはなによりもまず、「いろんなひとがありのままにそこにいる」世界を肯定するオーディションになってほしいと思ってました。 隣の子と比べるポイントが違いすぎて意味のない世界。 正しいも正しくないもない、いろんな人も夢も長所も短所も矯正されることなく肯定される優しい世界。 戸田真琴という女の子が夢見る世界と、ミスiDがたどり着きたい世界は、たぶんかなりの部分だぶってます。 気のせいかもしれないけれど。 そんな子がAV女優なんて、この世界はまだまだ大丈夫、って思うのです。 佐久間宣行 何をしても正しい、と感じる女の子がごく稀に存在していて、それが私にとってはまこりんです。 まこりんのやる事成す事趣味嗜好文章全て、肯定したくなってしまう、圧倒的な、人生や他者への愛を感じます。 まこりんに対して、色んな見方をする人が当たり前に居るだろうけど、戸田真琴として生きる事を決めて歩み始める前も今も未来も、自分の哲学だけを信じて生きていける強さを持っている、そんな女の子が世の中でどれだけ生きていけるだろうか。 まこりんは戸田真琴という存在を持って、守って、未来の女の子に意志を繋げて言って欲しい。 それは絶対にまこりんにしか出来ないことで、まこりんが生きていることで救われる大勢の人への愛で、また私達も生きていけるんだよね、眩しくて脆くて、理解を求めない強さが正しい、それが貴女でした。 吉田豪.

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