あのね話を聞いて 歌詞。 【歌詞】ゴーストライターの友人から聞いた本当の話【作曲】

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あのね話を聞いて 歌詞

アーティストの心に残っている歌詞を聞いていくインタビュー連載『あの歌詞が忘れられない』。 本連載では事前に選曲してもらった楽曲の歌詞の魅力を紐解きながら、アーティストの新たな魅力を探っていく。 第3回目には、ビッケブランカが登場。 ビッケブランカが選曲したのは、松任谷由実の「守ってあげたい」、「ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ」(以下、「ダンデライオン」)、「卒業写真」の3曲だった。 ビッケブランカはこの3曲のどういったところに魅了されたのか、また、彼が考える日本語詞の面白さについても話を聞いた。 ビッケブランカ:両親が聴いていた影響で、松任谷さんを好きになりました。 感傷に浸らせつつ、意味もしっかり伝える。 その描写力は明らかに抜きんでていますよね。 ーー松任谷さんは、日本語の歌詞に特化されている印象だったので、英詞の曲も書かれるビッケブランカさんが、松任谷さんを選ばれたことは少し意外でもありました。 ビッケブランカ:曲作りを始めたばかりの時期は、自分にとって音楽性やメロディが重要でしたし、日本語なんていらないってぐらい英語で歌っていました。 でも、せっかく日本人のために歌う音楽をやるのであれば、ちゃんとその言葉を理解していい表現をしないといけないと考えるようになりましたね。 その結果、やっぱり歌詞がいいのは松任谷さんだなって。 超えることはないと思います。 「伝えたいこと」を豊富な語彙を用いながら表現されている方だなと思います。 ーー確かにそうですね。 ビッケブランカ:あとは、〈日暮れまで土手にすわりレンゲを編んだ/もう一度あんな気持ちで夢を形にして〉も好きですね。 名歌詞って2番のAメロに多いんじゃないかな。 1番のAメロは「導入」だからある程度明確な描写をかかなければならないけど、2番のAメロではそこからさらに深い表現に入ることができる、と僕は思っています。 ーーなるほど。 ビッケブランカ:「ダンデライオン」に関しては、サビの最後にある倒置法が素晴らしいなと思います。 〈とても幸せな 淋しさを抱いて/これから歩けない〉の後に〈私はもうあなたなしで〉で終わるんですよ。 普通だったら「あなたなしで私はもう歩けない」じゃないですか。 けど、松任谷さんは倒置法を使って聴き手に投げかけてる。 だからこそ、より悲痛に響いてくるんだと思います。 あとは、本当の孤独を知らない相手や自分のことを「ダンデライオン」ってタンポポに例えるアイデアも素晴らしいです。 でも、松任谷さんって実体験を書いているわけじゃないらしいんですよ。 ーーそうだったんですね。 ビッケブランカ:いろんな人に会っていろんな人の恋愛経験を聞いて、それをメモする。 それで、その人がどんな気持ちで何を見たのかを想像して歌詞にしているみたいで。 いろんなところからインプットしたことを咀嚼して歌詞にできる方だから、ずっと名曲を作り続けられるんだなと思います。 ビッケブランカ:そう。 それも実際にみんなが経験していることを取り入れているからなんですよね。 ビッケブランカ:ないですね。 いずれしたいです。 ビッケブランカ:まだ自分で書けることがあるからですかね。 自分のなかから出るものがまだ潤沢にあるから。 それでいうと、僕はMr. ChildrenとThe Beatlesの音楽をまだ聞いたことがないんです。 きっと素晴らしい音楽なのは間違いない。 だけどあまりにも影響力がありすぎて、みんな彼らの音楽性の影響をすごく色濃く受けてるじゃないですか。 だから、アイデアが本当に枯渇してしまうまで聴かないようにしているんです。 では、「卒業写真」の好きなフレーズもお聞かせいただけますか。 ビッケブランカ:「卒業写真」に関してはすべて好きです。 さっき、2番のAメロに名歌詞が多いと言いましたが、この曲は言葉数がすごく少ないから序盤からすでに切ないんですよね。 少ない言葉数のなかで全てを伝えきっていることが凄いですよね。 ビッケブランカ:そうなんです。 長く書けば情報はいくらでも伝えられてしまう。 だから歌にするときは、4分以内で伝えることが重要だと僕は思っています。 そうすると、一つ一つの言葉にたくさんの意味を含ませなければならないし、伝える順序も大切になる。 それが難しくもあり楽しくもありますよね。

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あの夏が飽和する。

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「わがままは男の罪 それを許せないのは女の罪」という歌詞の歌を、学生のころ、あなたはよく聞いていたでしょう。 お母さんは、あの歌が嫌いだったわ。 と、生前、母に言われたことがある。 母は自分の記憶力について非常に自負していた。 いろいろな人の誕生日も覚えていたし、些細なできごとの記憶が違っても、逐一指摘してきたものだ。 という記事を書いた相方とは真逆だ(笑)。 過去の話をしているとき、記憶に食い違いがあると、どちらでもいいようなことでも母は一歩も引かない。 その執着たるや異常なほどだった。 他の話題に移り、私のなかではもうその話題なんてすっかり忘れてしまう。 ところが自分の家に戻ったころに、母から家に電話がかかってくるのだ。 どうしても「自分の記憶が正しい」と納得し、相手にもそれを伝えないと気が済まないほど勝気なのだ。 その記録が間違いである可能性も否めないはずなのだが、「自分の記憶がいかに正しいか」という話題が非常に多く、できごとを書いた過去の手帳をすべて残しておいて、いつでも確認できるような状態を保つということ自体、勝気ということ以前に、そもそも母にとって殊の外重要なことだったのかもしれない。 記憶が食い違ったまま決着できない、つまり確認しようがない場合、私がいかに間違えているかを、その場にいなかった姉や、叔母など親族にわざわざ電話して伝えたりするのだ。 そして、冒頭の歌のことも、自信たっぷりに「あなたがよく聞いていた歌だ」と言い出したわけだが、小学生のころからジェンダーな思考軸があった私が、そんな歌詞の歌を繰り返し聞くわけがない。 仮に聞いていたとしても忘れているはずはない。 基本的に洋楽が好きだったのもあり、日本語で歌詞が聞き取れる歌い方の邦楽アーティストはある程度、絞ることができるのだが、この歌詞には記憶がなかった。 「知らない」と伝えても、母はいつものように「私の記憶は正しい、あなたが忘れているだけ」を繰り返す。 あまりにしつこいので私は歌詞をヒントに調べてみることにした。 それはインターネットが普及する前。 レンタルCD屋さんで思い当たる昔よく聞いていたアーティストのアルバムから探したり、人に聞いてみたり。 そして、ついに見つけた! 『チューリップ』というバンドの歌『虹とスニーカーの頃』だった。 「お母さん、その歌『チューリップ』というバンドだそうです。 私、チューリップは聞きません。 もちろんカセットテープも1本も持っていません」。 そう説明してやっと、母は自分にも記憶違いがあることを認めた。 今ならネットで検索して早く決着がついたかもしれない。 この記事を書くにあたって調べてみると、バンドの結成は私の生まれた年だし、この曲がリリースされた1979年って、私は9歳。 小学4年生だ。 母の「正しさ主張」のあまりの執拗さに、精神科医の友人に相談したことがあるほどだったが、この一件で、わざわざ電話で追いかけてくることはなくなった。 勝気な母のおかげで 育まれた「文章構成力」 母との会話で、自分の主張を伝えるのは、さながらディベートの実践。 常に自分が正しいと主張する母の論点の矛盾をついて、壊さなければ、こちらの話を受け入れてもらえないので、非常にエネルギーが要った(壊してもほぼ聞く耳は持っていないが)。 とはいえ、そのおかげで、人の話を聞くときに「論点」を捉え、話の矛盾にいち早く気づける能力が高まり、それが「読解力」「文章構成力」「インタビュー力」として身についたことについて、母には心から感謝している。 また、母は固定観念で決めつけて攻撃する会話が多かったので、「私は、子どもが生まれたら、決めつけずに最後まで話を聞こう」と思えたので、結果、「傾聴力」も自然に高まった。 いかに自分が正しいか。 それを主張することは「戦い」を生む。 宗教による戦争などはいつもそれだ。 I am OK. 」 の状態になれば済むことなのに。 正解はひとつではない。 真実もひとつではない。 各自の視座が違う限り、起こった事柄が一件でも、それぞれの受け止め方は異なる。 このことを知っているだけで、争いは起こりにくくなる。 自分の心も平穏に保ちやすくなるのだ。 そして、「曖昧な自分」を知っていると、「私が正しい」は減る(笑)。 そして、 ・何十年も先に生まれた親が精神年齢が上でなければならない ・親は愛を与えてくれるものだ ・家族なら自分を理解・同感してくれるはずだ という観念そのものも、イラショナルビリーフなんだと気づけることも、きっと、ハッピーになるためのひとつのきっかけになる。 冒頭の母の記憶の間違いは、私にとってスッキリするできごとだったが、それで完全に「正しさへの執着」がなくなるような母上ではなかった(笑)。 母がいつも、主観的かつ「ユーメッセージ」だったおかげだ。 ある意味、母は心理学の参考書のような存在だったのかもしれない。 母がなぜそんなに歌詞をはっきり覚えていたのか。 亡くなった今、真相はわかりませんが、よく仕事(裁縫)しながらラジオを聞いていたので、そこで聞いたのでしょう。 数回で記憶に残る歌詞が作れるなんて、チューリップあっぱれ! きっと、 「男(父)のわがまま」がきっかけで、青春レベル級ではない「重責」を背負わされ、それを許せずにいた母には、この歌詞が引っかかったのかもしれません。 私も前夫で苦労し離婚してから許すことができたものの、男性アーティストに「許せないのは女の罪」とは、やっぱり言われたくないかな(笑)。

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HY 時をこえ

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どうやら主人公はとても気が強く、また「おひめさま」と思うほど自分に自信があるようです。 続く歌詞からも「おひめさま」の性格がうかがえます。 ---------------- その一 いつもと違う髪形に気がつくこと その二 ちゃんと靴までみること いいね? その三 わたしの一言には三つの言葉で 返事すること わかったら右手がお留守なのを なんとかして! あまりのわがままっぷりにあきれてしまいそうです。 さらに2番に入っても「おひめさま」のわがままはエスカレートしていきます。 ---------------- 欠点? かわいいの間違いでしょ 文句は許しませんの あのね、わたしの話ちゃんと聞いてる? ちょっとぉ…… あ、それとね 白いおうまさん 決まってるでしょ? ここまでくると、あきれを通り過ぎて感心してしまいそうです。 続く歌詞でも、自分を迎えに来る時は「白いおうさまさん」で、さらにはかしずいて手を取ってほしいと歌っています。 物語の中ならとてもロマンチックで素敵な光景ですが、実際には無茶が過ぎる光景です。 しかし、歌詞をよく見ると、少しだけ「おひめさま」のわがままが揺らいでいるところがある事に気づきます。 ---------------- あのね、わたしの話ちゃんと聞いてる? どうやら「おひめさま」は誰かにお話をしている最中のよう。 しかしその相手は自分の話をちゃんと聞いてくれていないようで、「おひめさま」が落ち込んでいる、または拗ねている様子も想像できます。 ---------------- べつに わがままなんて言ってないんだから でもね 少しくらい叱ってくれたっていいのよ? 次はその秘密について考察してみましょう。 我儘は不安の裏返し!? この歌詞を見るにその理由は、「キミ」という人物に「かわいい」と思って貰いたかったから、という事が考察できます。 ---------------- 世界でわたしだけのおうじさま 気がついて ほらほら おててが空いてます 無口で無愛想なおうじさま もう どうして! そんな「おうじさま」は、どうやら「無口で無愛想」な人のようです。 そんな彼なので、「おひめさま」は自分の事をどう思われているのかわからず、不安になっているのかもしれません。 だとすると、わがままを言うのはその不安の裏返しであり、同時に彼の本音を知る為にしているものなのではないのでしょうか。 そう思うと、なんだかここまでのわがままが急に可愛く、健気に見えてくるような気がします。 そして、楽曲の最後。 「おひめさま」になんと、驚きの出来事が起きるのです。 「おひめさま」と「キミ」の「ギャップ」に胸キュンが止まらない! ---------------- 世界で一番おひめさま ちゃんと見ててよね どこかに行っちゃうよ? ふいに抱きしめられた 急に そんな! 突然の事に「おひめさま」も驚きのあまり言葉を失っています。 しかしどうやら「キミ」は車から「おひめさま」を守ってくれただけのようです。 少し残念な事実ですが、サッと助けてくれるさまは正しく「おうじさま」と呼べるイケメンな行動ですね。 そんな「キミ」の様子に、思わず「おひめさま」もこんな一言をこぼしています。 今までずっとわがままを言ってきた「おひめさま」が、いざ望んでいた事以上の事をされた途端に見せる気恥ずかしそうな態度には、思わず聴いてる者の胸がキュンとしてしまうギャップがあります。 最後には「そっぽを向く」と、気恥ずかしそうにしている「キミ」の様子が歌われています。 もしかしたら車というのは、彼なりの「おひめさま」を抱きしめる為の精一杯の口実だったのかもしれません。 「おひめさま」と「キミ」の魅せるこのギャップだらけの光景に、胸のキュンキュンが鳴り止みません。 『ワールドイズマイン』が大人気となった理由は、もしかしたらこの「ギャップ」から生まれる胸キュンさにあるのかもしれませんね。 TEXT 勝哉エイミカ.

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