石原プロデューサー。 ウマ娘・石原章弘の退任理由はリリース延期?プロデューサー退社でアプリは?

『ウマ娘』石原プロデューサーがサイゲを退社する・・・

石原プロデューサー

2019年5月8日、『 ウマ娘』のコンテンツプロデューサーを務めていた 石原章弘氏がCygamesを退職したことを発表され、ファンの間では衝撃が走りました! 以外と知られていないのですが、 彼はどう言う人物なのでしょうか。 バンダイ時代の公式ブログは有名でしたが、 現時点でのwikiプロフィールや公式Twitterはあるのでしょうか。 そして、何よりも気になる突然の退任理由が何なのか!? そこで、この記事では、『ウマ娘』のコンテンツプロデューサーを務めていた石原章弘氏のwikiプロフィールやTwitter、 突然のCygames退任理由など、気になる情報をお届けしていきます。 名前:石原章弘(いしはら あきひろ)• 職業:日本のゲーム制作者(2019年4月までCygames所属) Cygamesでは[『 ウマ娘』プロジェクトを担当。 それ以前は、2016年1月まで バンダイナムコエンターテインメント 旧バンダイナムコゲームス に所属していました。 バンダイでは、『アイドルマスター』 シリーズの総合ディレクターとしてご活躍されていたようです。 『ディレ1』とも言われる程、 ゲームファンの間では有名でしたね。 ツイッターやインスタなどSNSはある? BURNOUT SYNDROMESの熊谷くんが上京してきたので、石原章弘氏と会食! 音楽の話で盛り上がりました! そっち方面はまったく詳しくないのでなにをきいてもおもしろいなぁ……。 また機会があればぜひぜひ! — 重馬 敬 しげま けい shigema 石原章弘氏のプロフィールは余り情報がありませんでした。 そこで、ご本人の TwitterやFacebookなど公式のものがあるのかリサーチしてみたのですが、それも 見当たらず。 バンダイ時代からの コアなファンのみぞ知る人物になってしまったのでしょうか。 彼の今後が発表されていないだけに、次はいつどこで会えるのか、言葉を聞くことが出来るのか寂しく感じるファンは多いと思います。 Cygamese公式ページには、以下のようにご本人のコメントが掲載されています。 ウマ娘コンテンツプロデューサーの石原です。 4月をもちまして、石原は株式会社サイゲームスを退社、ウマ娘コンテンツプロデューサーからも退かせて頂くことになりました。 この馬・・・いえ、この場をお借りして、ウマ娘ファンの皆様にお礼を申し上げます。 沢山の声援、ありがとうございました!勿論、ウマ娘というコンテンツはまだまだ続きます。 今後ともお引き立ての程、よろしくお願いいたします。 中略 コンテンツプロデューサーとは、車のエンジンを始動させる際のバッテリーみたいなモノです。 ウマ娘はもう立ち止まることなく、走り続けることが出来ます。 ウマ娘の良い未来が見えたからこそ、このタイミングでコンテンツプロデューサーを退かせて頂くことにいたしました。 我が儘を聞いて頂きましたサイゲームスの皆様には感謝申し上げます。 『 ウマ娘 プリティーダービー』の主要メンバーが突如退任発表です。 しかも、発表は5月8日なので既に退任日を過ぎてのもの…。 株式会社Cygamesとの喧嘩別れ、 不祥事があったのかなど詳細は不明ですが、何となく円満でないことは雰囲気として感じてしまいます。 現に、2016年1月まで勤務していたバンダイナムコエンターテインメント 旧バンダイナムコゲームス は 円満退社だったようで、その時とはファンやご本人のテンションが全く違う空気を醸し出しています。 バンダイナムコエンターテインメントの退社時には、ファンからも労いの言葉が以下のように続々とツイートされていましたよ。 身を切る渾身のギャグとは、さすがだな〜。 さて、もう「出来てる」状態のアプリを今後どうするか。 次の発表を待ちましょ。 サイゲさん頑張ってくれ。 ここまで来たらいくらでも待ち続けます😌 — あめあられ シンデレラ7th開催決定おめでとうございます! umamusuameara ただねー 石原が4月まででサイゲ辞めるのに、CAはこの前の四半期報告ではウマで特損出さないし、むしろ来年までの新作リストに載せてんのよな となると、石原の首で社台に詫び入れた説も全くのありえない話とも言い切れないんじゃないかなって — しさく 439yonsaku 石原P「闇に飼い慣らされている…」 — 鞍馬 通販よろしくお願いいたします。 kurakurama ファンの間では、ただ事ではなく 会社と石原章弘氏との関係を勘繰るコメントがたくさん…。 ウマ娘の今後に安心が出来たようなコメントをしていますが、それはあくまで表向きで…。 ファンにはそのような 子供騙しは勿論通用しません。 一体何があったのでしょうね。 いかがだったでしょうか。 これまでゲーム業界の トレンドの先頭を走り続けるために奮闘してきた 石原章弘氏の突然の退任発表でファンには衝撃が走りました。 そして、その退任の理由も以前のバンダイの時とは明らかに空気感が違いすぎますし。 しかし、既に退任してしまったことを嘆いて、もう 時を平成に戻すことは出来ません。 令和時代に入り、石原章弘氏にとってもリスタートの年となったのです。 必ずいつかどこかでお目にかかれることを期待しながら、彼の 新たな道でのご活躍を祈念したいと思います。

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石原洋の23年ぶりソロ名義ALが2月発売 坂本慎太郎がアートワークデザイン

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所在地:東京都中央区銀座8丁目12-15 全国燃料会館6F 電話:03-5550-7877 HP: 代表取締役:小山 伸一 今回、広報委員、私、岩立がお訪ねした会社は、銀座の一等地のビルに会社を構える株式会社ZION(ザイオン)さん。 このビル名がおもしろいということで、同社が携わっている番組の「月曜から夜ふかし」のマツコ・デラックスさんがそのビル名をいじってきたというほど。 いじってきたといえば、ZION所属のディレクター、中西Dも「月曜から夜ふかし」の名物ディレクターで、マツコさんからよくいじられているとか。 きっかけは出演者であるマツコさんと、関ジャニの村上さんにカンペを出すのが遅くて、本番中にツッコまれたりして。 以来、中西Dはボケのポジション決定。 マツコさんからかわいがられているとか。 インタビュアー : 広報委員 (有)オフィスぼくら 岩立 良作/写真撮影 : 広報委員 WACホールディング(株) 岡村 宇之 (2017年2月取材) ZIONが関わっている番組は、特に日テレに多く、日テレのヴァラエティ番組の月から日までの、ほぼ全曜日で関わっています。 今現在の社員総数は、100名程。 フリーランスを入れると150名程にもなるようです。 まずは「株式会社ZION(ザイオン)」の概要を紹介 設立 従業員数 業務内容 最近の主な制作番組 1993年10月 社員 83名(2017年2月現在) テレビ番組企画制作、映像コンテンツ企画制作、MV・PV企画制作、スタッフ派遣 月曜から夜ふかし、しゃべくり007、マツコ会議、天才!志村どうぶつ園 、ぐるぐるナインティナイン(全て日本テレビ/制作協力) 小山社長は現在58才。 2年ほど前から、現場を退いたそう。 会社のフロントマンはプロデューサー(P)なので、プロデューサーを前面に立てて、社長の自分はPの背後にいようと決めたそうです。 40台前半ぐらいの自分がPの現役の時、5本くらいのレギュラー番組を持っていて、完全に物理的に限界になった。 このままだと自分がつぶれるだけで、後がないなと。 そこからプロデューサー育成に力を入れ始めたという。 プロデューサーを育てていくことで会社が伸びる。 ということにようやく気付いた。 気付かせてくれたのは、当時、日本テレビの制作局局長だった桜田さんのひと言だった。 「Pのお前に仕事を振っているんじゃないんだヨ。 経営者のお前に仕事を振っているんだヨ!!」 「そうか。 ぼくは一 いち プロデューサーとしていつまでもやっているのではなく、社長としてプロデューサーを育てることが仕事なんだ。 」 と気づかせてくれたそうです。 では、ここで小山伸一社長のここまでの歩みを記していきましょう。 小山伸一社長は、長野県長野市出身。 大学きっかけで上京し、卒業後はライター志望だったため出版社に入社。 27、28才の頃だったか、映像に興味を持つようになり制作会社の 株 ナインティーン企画に転職しています。 この会社は元阪神のプロ野球投手、故小林繁さんが社長を勤めていた会社。 このナインティーン企画でDとPの道へ。 当時、担当していた主な番組は「お笑いウルトラクイズ」等。 やがてナインティーン企画の制作部門はたたむことになり、当時のメンバーたちは3つの会社に分散することとなった。 つまり、小山社長率いるZION、そしてD:COMPLEXとうっちゃり倶楽部、という3つ。 さて、制作会社の社長となった小山氏、9名のスタッフを最初の1年はほとんど派遣でやりくりしていたが、制作会社として大きく前進できるようになったのは「お笑いウルトラクイズ」以来お世話になっていた、日本テレビ、桜田和之さんとの出会いが大きかったという。 ZIONは設立から24年目。 今いるおよそ100名の社員たちは、AD経験あり、D経験ありの主に経験者を自然に加えてやってきたのですが、この春から初めて新卒の初心者を入れる事にしたそうです。 J・VIGにこのほど加入したのも、そういったリクルーティングが主な目的だそうです。 ちなみにZIONの紹介者は、(株)創輝の和田社長だそう。 和田社長、ご苦労さまです!! さて、ここで小山伸一社長の人となりを社員を代表してお二方に語って頂きましょう。 まずはZIONの古株。 入社21年目の女性プロデューサー、石原P。 ZIONがまだ設立当初の頃、麻布十番の公園の近くの事務所で8名ほどの社員しかいない頃からのメンバー。 AD、D、Pと「ぐるナイ」でずっと育ち、現在は「しゃべくり007」でもP業務をしているそうです。 石原さんに社長の印象、人となりを伺うと、 よいところは全部まかしてくれるところ。 相談するとすぐ返ってくるところ。 他に、いい意味で面倒くさいところがある、とも。 例えば、何か社内で軽い事件があった時など、報告すると細かいところ含めてその経緯を全て聞きたがるところ。 (ま、これはホントにいい意味だと思います) 余談ですが、小山社長のオシャレについて… 会社の社長室にいろんな柄のパンツ(ズボン)がいっぱい山積みでよく置いてある、という話。 それらは全て丈詰めのためらしいのですが… とにかくパンツのこだわりが強いらしい。 ある時、番組の打合せでマツコ・デラックスさんと社長が会うことになった時、気合いを入れた小山社長、派手なチェック柄のパンツを履いて登場。 というのを目撃した、とは石原さんの弁。 次いで、ZIONの同じく古株、入社18年目の中西ディレクターにも社長の人となりを伺いました。 中西ディレクターが入社した時のZIONは、当時の日本テレビの近くの麹町にありました。 携わった番組はやはり日テレが多く、「伊東家の食卓」「深イイ話」そして「月曜から夜ふかし」等々…「夜ふかし」でマツコさんからいじられているのは冒頭で書いたとおり。 Dもタレントからいじられるくらいの人が向いているのでいいことです。 小山社長の人となりを聞くと、仕事は厳しい。 が、プライベートはゆるい。 との答え。 いわゆる厳しいところとユルいところがバランスのいい人らしい。 あと、おもしろエピソードがひとつ。 中西ディレクターにお子さんが産まれお父さんになった時、出産祝いで6畳間が埋まるほどの量の紙オムツが小山社長から届いたとか。 「赤ちゃんのオムツがとれるまで3年ほどかかるので3年分だ」とは社長の弁。 「人を祝うことが、シャイな人なんだなァ」と中西Dは思ったという。

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日テレ人気バラエティを手がける!現役テレビマン座談会

石原プロデューサー

プロフィール [ ] を経て卒業後、入局。 から、の企画・制作を担当。 その後で地域番組の制作にかかわり、の異動で再び東京本部勤務となった。 結果は第1部35. ・のメンバーであり、 とを担当している。 グループの大ファンとして知られ、各グループの劇場公演も頻繁に観覧、現場でメンバーと実際に会って話をし、全グループのメンバーを網羅している。 自ら手がける番組にAKB48を重用しており、『』()のようなワンマンショーをAKB48だけでやってみたいというコンセプトで『』()を立ち上げた。 そのほか、AKB48のドキュメンタリー映画についても、元々石原がと話してテレビ番組としてスタートし、後に映画化したという経緯がある。 2013年には、6月8日にで開催された「AKB48スーパーフェスティバル〜日産スタジアム、小(ち)っちぇっ! 小(ち)っちゃくないし! 」のためにスタッフ、正規メンバーともにスケジュールが一杯であることを理由に、AKB48グループ総合プロデューサーのから、直前の6月5日にで開催された「AKB48グループ研究生 武道館公演 『推しメン早い者勝ち』」イベントを任された。 また、AKB48グループのメンバーが被災地の定期訪問を行っているにおいて隊長を務め、訪問地で開催するミニライブのセットリストや台本は全て石原が書いている。 なお石原も含め同被災地訪問に関わるスタッフは全員ボランティアである。 2015年公開ののドキュメンタリー映画『』、2016年公開のAKB48のドキュメンタリー映画『』では監督を務めている。 手掛けた主な番組 [ ]• (12回参加。 うちとでプロデューサーを担当)• - 番組立ち上げ• - プロデューサー• - プロデューサー• 「メガヒットの秘密 〜20年目のB'z〜」 書籍 [ ]• AKB48、被災地へ行く(2015年10月21日発売、 ) 脚注 [ ]• 」P101• 」P102• 」P103• 2015年1月22日. 2015年4月2日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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