君 の 膵臓 を たべ たい 名前。 【小説】「君の膵臓をたべたい」を読んだ【感想ネタバレ有】

映画君の膵臓をたべたいの僕の名前は?伏せてある理由は何?

君 の 膵臓 を たべ たい 名前

今回の内容はこちら!• 「君の膵臓をたべたい」の名前が本当に伏せてある理由は? 『君の膵臓をたべたい』の【僕】の名前が伏せてあるのはなぜなのか? まずは、原作の話を冒頭だけ簡単にまとめて紹介してきますね! 【僕】と桜良の出逢い 主人公である【僕】は、同じクラスで人気者の山内桜良の秘密の日記 「共病文庫」を見つけてしまいます。 「余命 膵臓 病気」 この共病文庫はクラスメイトの山内桜良のもので、膵臓の病気を患っていて余命がわずかということを【僕】は知ってしまいます。 人と関わらないようにして生きてきた【僕】。 学校でも人気者で人一倍元気で笑顔が絶えない山内桜良。 こんな正反対の2人は「共病文庫」がきっかけで出会い、 【僕】は山内桜良の短い余命の中で「 やりたいこと」に付き合わされることになるのです。 以上、原作の冒頭の部分を簡単に紹介しました! さて、ご紹介した文章を読んで「ん?」って思うところが多々たったと思います。 そして、映画の公式HPや、原作の小説でも「ん?」って思った方も多いと思います。 そう、主人公はなぜか【僕】で表現されているし、 普通、主人公だったら名前がありますよね? 一体、【僕】の名前、本名は何なんでしょう? 【僕】の名前、本名は? これは原作の中に答えがありました。 【僕】の名前は 滋賀春樹です。 原作の中でも、一番会話の多いヒロインである山内桜良も【僕】のことは一度も名前で呼ぶことはないし、【僕】目線で書かれている物語なので名前が出なくてもおかしくはないんですが・・・ 原作を探してみると、一度だけ。 たった一度だけ【僕】の 本名が出来てきた部分がありました! それが、桜良のお母さんとの会話の中でのことでした。 「そうだ、下の名前はなんていうの?」 お母さんの何気ない質問に、僕はきちんと振り返り、答えた。 「春樹です。 志賀春樹、といいます」 原作P260より引用 謎が解けてスッキリ! といきたいところなんですが… 原作を読むと、この【僕】に関してたくさんの疑問が浮かび上がってくるんです。 会話の中ではどんな感じか見ていきましょう! 桜良と【僕】がデートに行った時の会話では 「【秘密を知ってるクラスメイト】くーん、これからどうする?」 「僕は君についてきてるだけだから、特に目的はないけど」 「あれ、そうなんだ?どこか寄りたいところとかは?」 「強いて言えば、本屋かな」 原作P34より引用 という具合です。 確かにそうだけども。 桜良の病気を知っている【僕】なので、その呼び方は正しいけれども…。 ちなみに、最初の呼び方は 「地味なクラスメイトくん」 わ~お!地味ってねぇ。 傷つくわ~。 これは、2人が最初に病院で会った時に桜良の呼び方で、他のクラスメイトも「地味なクラスメイトくん」と呼ばれていました。 その他にも「根暗そうなクラスメイトくん」とも呼ばれています。 【僕】の名前が変化! 2人が一緒に過ごしている間に、桜良の【僕】に対する呼び方はどんどん変わっていきます。 最初は「地味なクラスメイトくん」だった呼び方は、桜良の膵臓の病気を知っているのは桜良の家族と【僕】だけということで。 「秘密を知ってるクラスメイトくん」に変わります。 ここから、2人がお互いに憧れの存在に変わっていくにつれて、桜良の呼び方はこのように変化していきます。 君は名前を呼ばれた時に、周りの人間が自分のことをどう思っているか想像するのが趣味 原作p250より引用 こうなってくると、なんだか名前が伏せてある理由につながってきますよね! 君の膵臓をたべたいの【僕】の名前が伏せてある理由! 【僕】の名前が伏せてある理由。 それは、実際はみんな【僕】のことを、志賀くん、春樹くんって呼んでたはずです。 さて、主人公に名前が無い不思議な物語「君の膵臓をたべたい」 作者はどうして名前を伏せてしまったんでしょう? 作者が名前を伏せた理由を考察!• 【僕】は人との関わりを極力持たないように生きてきた人物• 桜良と出会ったことで「人から愛される桜良のような人になろう!」と変わっていく となっています。 この変化を劇的にするために、名前が伏せられていたのではないかと私は思っています! そう思った理由を2つお伝えしていきますね! 自分の中のイメージが湧きやすいようにするため もし、主人公が春樹くんだと、見ているときに先入観が生まれますよね。 春樹って名前のともだちが居たなとか、春樹って村上春樹?のように勝手にイメージがでてきてしまいます。 【僕】の変化を強く印象づけるため 先ほども、どのように【僕】の名前が変化していくのかを紹介しましたが、見ているとどんどん変わっていきますよね。 【僕】の心が劇的に変っていくということを 私たちに強く印象づけるためにやったのでないかと思います。 どういうことかと言うと、実際に呼び方が変わっているのは桜良の会話の中なんですよね。 桜良はきっと、滋賀くんか春樹くんと呼んでたと思うんですよ。 例えば、• 「仲良しくん」桜良に「仲良しだと思ってもらいたい」• 「ひどいクラスメイトくん」桜良は「ひどいクラスメイトだと思っているんだろうな」 と【僕】自身が思っていることですよね? こう考えると、呼び方が変わることで私たちに【僕】の心境のストレートに伝えるために、名前が伏せられていたのではないかと思います! 「?????」という名前の謎 最初にお伝えしたのですが、僕が 「 ?????くん」と呼ばれている部分。 2人はもう、「?????」の時は、もう恋人な感じです。 しかし、今まで人との関係を持たなかった【僕】は恋をしたことが無かったから 「これは好きっていう感覚なの?恋ってこんな感じなの?」 というように、今までにない感覚を味わったから「?????」という呼び方になったのかな?とも思いましたが。 普段に生活していたら、難しい感覚ですよね。 友達、恋人、夫婦、家族。 しかし、【僕】と桜良は、こんな関係ではないんです。 友達でもなく、恋人でもなく、好きとかそういんじゃなくて、それを 超越した関係。 魂で繋がってる! 感じでしょうか! これが【僕】と桜良の関係なのではと思っていて、 桜良は亡くなってしまいましたが、こんな関係が築けるって本当に奇跡だなと原作を読んで思いました。 こんな奇跡の関係は言葉ではとてもじゃないけど言い表すことが出来ないよ!だから、きっと 「?????」にしたんじゃないか!と考察しています。 こんな関係だったからこそ桜良は、「君の膵臓をたべたい」なんて大胆なことも言えたのではないでしょうか? それにしても、【僕】と本当に素敵な関係ですよね。 いつか、こんな素敵な関係を築ける人が現れる?いや、気がついていないだけで、もうすでにアナタのそばにいるかもしれないですね。 自分で選択する!原作の中に出てきた言葉ですが、この奇跡の関係はアナタが選んだ選択によって突然訪れるかもしれません。 最後に 今回は映画「君の膵臓をたべたい」の 【僕】の本当の名前は何なのか?そして、名前が伏せてある理由は何なのか?【僕】の名前の謎について見てきました。 この呼ばれ方は【僕】がどんな人物か分かりやすくするため。 そして、【僕】の心の変化をより分かりやすくするため、という作者の意図があったのでは?と思っています! 実際に原作を読んでみると「おっ!」と思わせることが多かった「君の膵臓をたべたい」 例えば、本名の部分。 これには、実は伏線があったんです! 物語の最初で桜良が「下の名前は?」と言った時は、名前は伏せられていましたが、 「ふーん、そんな名前の小説家にいなかったっけ?」のような事を言うんですが、これが 終盤の大切な部分につながっていたんです! それが、今回の記事で紹介した桜良のお母さんに本名を言った時。 これは物語の終盤なんですが、桜良が亡くなってからのお話。 実は本名を聞いたお母さんも「小説家みたいな名前ね」と言ってるんです。 そして、【僕】はこのお母さんとの会話で、桜良が亡くなってしまったショックから一瞬ですが「ホッ」とするんです。 【僕】の呼ばれ方は最悪でしたが、最後には友人が出来て、その友人との会話の中で 「春樹」と、 ちゃんと名前で呼ばれているシーンが出てきます。 この部分を読んで、 成長している【僕】を感じることができました。 最初の「地味なクラスメイト」から「春樹」と名前が出てくるまでには本当に長い時間がかかりますが、最後に【僕】が名前が呼ばれている自分を想像できて良かったなと思います。 ではでは今日はこの辺で~! 最後までお読みいただき、ありがとうございます!.

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【君の膵臓を食べたい】内容ネタバレ。原作のあらすじ結末は「悲しすぎる衝撃の別れ」

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Contents• 映画「君の膵臓をたべたい」のネタバレ感想と解説! 原作ファンにとって「実写化」は諸刃の剣。 「なんだか変な感じにされちゃったらどうしよう?」という不安がつきものです。 かくいう私も実写化に対しては毎度「大丈夫かな?」と心配になってしまいます。 しかし! 映画「君の膵臓をたべたい」には、そんな心配は必要ありませんでした! 映画オリジナルの設定も原作ストーリーと違和感なく融合していましたし、全体的な雰囲気は小説「君の膵臓をたべたい」そのもの! 映像がとてもキレイだったのが印象的でした。 で、結局、何が言いたいのかというと要点は次の通り。 予想を大きく上回る面白さ!• 原作ファンも納得のクオリティ!• 観に行って損はない一本 正直、おススメです! 映画のあらすじと原作との違い 実は映画「君の膵臓をたべたい」と原作小説とでは、全体的な構成に大きな違いがあります。 それは回想(映画)か現在進行形(小説)かという違い。 原作では「今、目の前で起こっていること」として物語が紡がれていくのですが、映画では「12年後の今」を基準として過去を回想するという形で物語が進んでいきます。 この「12年後の今」という設定は 映画オリジナルのもので、原作では全く描かれていない部分ですね。 映画「君の膵臓をたべたい」にとっての「今」は小説版から12年後の世界であり、主人公 (=僕=志賀)は高校教師に、恭子は結婚を間近に控えた花屋さんになっています。 今の教え子に桜良との思い出を語っていくうちに、主人公は亡き桜良が残した手紙を発見します。 それを見た主人公は、桜良が他界してから接点を持っていなかった恭子の結婚式に駆け付け、恭子宛の手紙を渡します。 そして生前の桜良と練習した言葉「僕と友達になってください」を、12年越しに恭子へと言うのです。 恭子の返事は泣き声まじりの「はい」 自分がいなくなった後は、大事な親友 (恭子)と仲良しくん (主人公)に友達になってほしい、という桜良の願いが12年の時を超えて叶ったのでした。 そして主人公は回想や桜良からの手紙を通じて「教師であり続けること」を決意。 かつての自分と桜良の関係に似た生徒たちを微笑ましく見つめながら、前向きな気持ちを取り戻すのでした。 原作との比較 回想か現在進行形かという違いはあるものの、基本的に映画「君の膵臓をたべたい」は原作のストーリーを丁寧になぞっています。 ただ、結末だけは大きく違いました。 桜良が亡くなった後の展開です。 ちょっと比較してみましょう。 原作 桜良がこの世を去った後、主人公は恭子に共病文庫を見せる。 そこには桜良から恭子に向けたメッセージが残されていた。 だが、恭子は病気のことを黙っていた主人公のことを許さない。 1年後、恭子と主人公は桜良が望んだような友達になっていた。 個人的には原作の展開が大好きだったので 「12年も恭子のこと放っておいたの!?」と思わなくもなかったのですが、映画版の結末もそれはそれで素敵だったので文句はありません。 ちなみに、恭子 (北川景子)の旦那さんとなる新郎 (上地雄輔)の正体は、原作でも「ガム食べる?」でお馴染みだったサブキャラのクラスメイト。 ほんのり主人公の友達っぽい位置ではあったものの、ちょい役なキャラクターだったので、映画では大出世したことになりますね(笑) 「君の膵臓をたべたい」を改めて解釈する 以前にも小説版の感想を書いたのですが、改めて「君の膵臓をたべたい」という物語について考えてみたいと思います。 桜良と僕(主人公)の関係 「君の膵臓をたべたい」は恋愛物語ではないと個人的には思っています。 主人公や桜良にとって、相手への恋愛感情がゼロだったかと聞かれれば、多少はその気持ちもあったかもしれません。 しかし、2人にとっての本音は 「僕(私)は、キミになりたい」という部分にこそあったのではないでしょうか。 ずっと一人で本ばかり読んでいて友達もいなかった主人公は、誰とでも仲良くなり、認め合い、愛し合える桜良のことが羨ましい。 一方で、桜良も実は他人に影響されず独自の世界を持っている主人公のことを尊敬している。 2人はお互いに、お互いの存在を眩しく思っている。 その感情は、きっと 恋愛感情の「好き」というより、尊敬や憧れに近いものだったのではないでしょうか。 だから、この作品のタイトルは 「 (君が好きだから)君の膵臓をたべたい」 ではなくて 「 (君になりたいから)君の膵臓をたべたい」 だったのだと思います。 それは、同物同治 (悪い部分と同じ部分を食べれば身体が良くなる)の考え方というより、最大限の敬意を込めた言葉。 それは、ある意味「おたがいに大好き」よりも、遥かに尊く貴重な関係性だったのではないでしょうか。 だからこそ、桜良を失った主人公の悲しみは想像に絶するものであり、読み手 (観る側)としても涙を流さずにはいられないのだと思います。 体感で言えば「現在:回想」の比率は「2:8」くらいでしたからね。 で、その回想の僕と桜良を演じた北村匠海さんと浜辺美波さんなのですが…… めちゃくちゃイイ! 最初こそ「自分の中のイメージとはちょっと違うなあ…」と感じましたが、見ているうちにすっかりそんな違和感はなくなり、もう2人が「僕」と桜良にしか見えなくなっていきました。 同時に、物語が進むにつれてどんどん桜良は可愛くなっていくし、僕もカッコよくなっていくように感じられるんですよね……不思議。 きっとそれだけ2人の演技が素晴らしかったということなのでしょう。 また、当時この2人は10代であり、キャラクターの年齢にも近いんですよね。 その点も良かったのだと思います。 いや、ホント、特に浜辺美波さんの可愛さは必見ですよ! 現在の僕を演じられていた小栗旬さんも良かったですね。 結末の場面で「僕」らしく、つっかえながら恭子に「友達になってください」と精一杯伝える場面は感動的でした。 まとめ 映画「君の膵臓をたべたい」がついに公開! 映画のラストのセリフはタイトル「君の膵臓をたべたい」であり、「ラスト、このタイトルに涙する」のキャッチコピー通り泣かされてしまいました。 私は原作小説も読んでとても気に入っているのですが、この映画化は文句なしに大成功でしょう! 原作の雰囲気を残しつつ、映画オリジナル設定とうまく融合させている点もマル。 映像の美しさや音楽の入れ方もマル。 物語(脚本)にも、演出にも、そしてもちろんキャストにも大満足でした! クライマックスのシーンでは劇場中から鼻をすする音が聞こえてきたほどなので、きっと他のみなさんにとっても「泣ける感動作」だったんじゃないかな。 個人的には「僕」が亡き桜良の母に「もう、泣いてもいいですか…?」としぼりだすシーンが特に泣けました。 あと、ラストで桜良の本当の心情が明かされる場面も感動的でしたし……。 キャッチコピー通り「泣ける映画」であることは間違いありません。 なんだか、久しぶりに「いい邦画」を見られた気分です。 「最近、泣いてないなぁ」という方におすすめです。 最新の配信状況は U-NEXT サイトにてご確認ください。 1 ・アニソンや声優コンテンツも充実 31日間 ・ 海外ドラマが充実 ・オリジナルドラマも多数 ・見放題作品5万本 2週間.

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【君の膵臓を食べたい】が意味不明!その意味は?

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今回の内容はこちら!• 「君の膵臓をたべたい」の名前が本当に伏せてある理由は? 『君の膵臓をたべたい』の【僕】の名前が伏せてあるのはなぜなのか? まずは、原作の話を冒頭だけ簡単にまとめて紹介してきますね! 【僕】と桜良の出逢い 主人公である【僕】は、同じクラスで人気者の山内桜良の秘密の日記 「共病文庫」を見つけてしまいます。 「余命 膵臓 病気」 この共病文庫はクラスメイトの山内桜良のもので、膵臓の病気を患っていて余命がわずかということを【僕】は知ってしまいます。 人と関わらないようにして生きてきた【僕】。 学校でも人気者で人一倍元気で笑顔が絶えない山内桜良。 こんな正反対の2人は「共病文庫」がきっかけで出会い、 【僕】は山内桜良の短い余命の中で「 やりたいこと」に付き合わされることになるのです。 以上、原作の冒頭の部分を簡単に紹介しました! さて、ご紹介した文章を読んで「ん?」って思うところが多々たったと思います。 そして、映画の公式HPや、原作の小説でも「ん?」って思った方も多いと思います。 そう、主人公はなぜか【僕】で表現されているし、 普通、主人公だったら名前がありますよね? 一体、【僕】の名前、本名は何なんでしょう? 【僕】の名前、本名は? これは原作の中に答えがありました。 【僕】の名前は 滋賀春樹です。 原作の中でも、一番会話の多いヒロインである山内桜良も【僕】のことは一度も名前で呼ぶことはないし、【僕】目線で書かれている物語なので名前が出なくてもおかしくはないんですが・・・ 原作を探してみると、一度だけ。 たった一度だけ【僕】の 本名が出来てきた部分がありました! それが、桜良のお母さんとの会話の中でのことでした。 「そうだ、下の名前はなんていうの?」 お母さんの何気ない質問に、僕はきちんと振り返り、答えた。 「春樹です。 志賀春樹、といいます」 原作P260より引用 謎が解けてスッキリ! といきたいところなんですが… 原作を読むと、この【僕】に関してたくさんの疑問が浮かび上がってくるんです。 会話の中ではどんな感じか見ていきましょう! 桜良と【僕】がデートに行った時の会話では 「【秘密を知ってるクラスメイト】くーん、これからどうする?」 「僕は君についてきてるだけだから、特に目的はないけど」 「あれ、そうなんだ?どこか寄りたいところとかは?」 「強いて言えば、本屋かな」 原作P34より引用 という具合です。 確かにそうだけども。 桜良の病気を知っている【僕】なので、その呼び方は正しいけれども…。 ちなみに、最初の呼び方は 「地味なクラスメイトくん」 わ~お!地味ってねぇ。 傷つくわ~。 これは、2人が最初に病院で会った時に桜良の呼び方で、他のクラスメイトも「地味なクラスメイトくん」と呼ばれていました。 その他にも「根暗そうなクラスメイトくん」とも呼ばれています。 【僕】の名前が変化! 2人が一緒に過ごしている間に、桜良の【僕】に対する呼び方はどんどん変わっていきます。 最初は「地味なクラスメイトくん」だった呼び方は、桜良の膵臓の病気を知っているのは桜良の家族と【僕】だけということで。 「秘密を知ってるクラスメイトくん」に変わります。 ここから、2人がお互いに憧れの存在に変わっていくにつれて、桜良の呼び方はこのように変化していきます。 君は名前を呼ばれた時に、周りの人間が自分のことをどう思っているか想像するのが趣味 原作p250より引用 こうなってくると、なんだか名前が伏せてある理由につながってきますよね! 君の膵臓をたべたいの【僕】の名前が伏せてある理由! 【僕】の名前が伏せてある理由。 それは、実際はみんな【僕】のことを、志賀くん、春樹くんって呼んでたはずです。 さて、主人公に名前が無い不思議な物語「君の膵臓をたべたい」 作者はどうして名前を伏せてしまったんでしょう? 作者が名前を伏せた理由を考察!• 【僕】は人との関わりを極力持たないように生きてきた人物• 桜良と出会ったことで「人から愛される桜良のような人になろう!」と変わっていく となっています。 この変化を劇的にするために、名前が伏せられていたのではないかと私は思っています! そう思った理由を2つお伝えしていきますね! 自分の中のイメージが湧きやすいようにするため もし、主人公が春樹くんだと、見ているときに先入観が生まれますよね。 春樹って名前のともだちが居たなとか、春樹って村上春樹?のように勝手にイメージがでてきてしまいます。 【僕】の変化を強く印象づけるため 先ほども、どのように【僕】の名前が変化していくのかを紹介しましたが、見ているとどんどん変わっていきますよね。 【僕】の心が劇的に変っていくということを 私たちに強く印象づけるためにやったのでないかと思います。 どういうことかと言うと、実際に呼び方が変わっているのは桜良の会話の中なんですよね。 桜良はきっと、滋賀くんか春樹くんと呼んでたと思うんですよ。 例えば、• 「仲良しくん」桜良に「仲良しだと思ってもらいたい」• 「ひどいクラスメイトくん」桜良は「ひどいクラスメイトだと思っているんだろうな」 と【僕】自身が思っていることですよね? こう考えると、呼び方が変わることで私たちに【僕】の心境のストレートに伝えるために、名前が伏せられていたのではないかと思います! 「?????」という名前の謎 最初にお伝えしたのですが、僕が 「 ?????くん」と呼ばれている部分。 2人はもう、「?????」の時は、もう恋人な感じです。 しかし、今まで人との関係を持たなかった【僕】は恋をしたことが無かったから 「これは好きっていう感覚なの?恋ってこんな感じなの?」 というように、今までにない感覚を味わったから「?????」という呼び方になったのかな?とも思いましたが。 普段に生活していたら、難しい感覚ですよね。 友達、恋人、夫婦、家族。 しかし、【僕】と桜良は、こんな関係ではないんです。 友達でもなく、恋人でもなく、好きとかそういんじゃなくて、それを 超越した関係。 魂で繋がってる! 感じでしょうか! これが【僕】と桜良の関係なのではと思っていて、 桜良は亡くなってしまいましたが、こんな関係が築けるって本当に奇跡だなと原作を読んで思いました。 こんな奇跡の関係は言葉ではとてもじゃないけど言い表すことが出来ないよ!だから、きっと 「?????」にしたんじゃないか!と考察しています。 こんな関係だったからこそ桜良は、「君の膵臓をたべたい」なんて大胆なことも言えたのではないでしょうか? それにしても、【僕】と本当に素敵な関係ですよね。 いつか、こんな素敵な関係を築ける人が現れる?いや、気がついていないだけで、もうすでにアナタのそばにいるかもしれないですね。 自分で選択する!原作の中に出てきた言葉ですが、この奇跡の関係はアナタが選んだ選択によって突然訪れるかもしれません。 最後に 今回は映画「君の膵臓をたべたい」の 【僕】の本当の名前は何なのか?そして、名前が伏せてある理由は何なのか?【僕】の名前の謎について見てきました。 この呼ばれ方は【僕】がどんな人物か分かりやすくするため。 そして、【僕】の心の変化をより分かりやすくするため、という作者の意図があったのでは?と思っています! 実際に原作を読んでみると「おっ!」と思わせることが多かった「君の膵臓をたべたい」 例えば、本名の部分。 これには、実は伏線があったんです! 物語の最初で桜良が「下の名前は?」と言った時は、名前は伏せられていましたが、 「ふーん、そんな名前の小説家にいなかったっけ?」のような事を言うんですが、これが 終盤の大切な部分につながっていたんです! それが、今回の記事で紹介した桜良のお母さんに本名を言った時。 これは物語の終盤なんですが、桜良が亡くなってからのお話。 実は本名を聞いたお母さんも「小説家みたいな名前ね」と言ってるんです。 そして、【僕】はこのお母さんとの会話で、桜良が亡くなってしまったショックから一瞬ですが「ホッ」とするんです。 【僕】の呼ばれ方は最悪でしたが、最後には友人が出来て、その友人との会話の中で 「春樹」と、 ちゃんと名前で呼ばれているシーンが出てきます。 この部分を読んで、 成長している【僕】を感じることができました。 最初の「地味なクラスメイト」から「春樹」と名前が出てくるまでには本当に長い時間がかかりますが、最後に【僕】が名前が呼ばれている自分を想像できて良かったなと思います。 ではでは今日はこの辺で~! 最後までお読みいただき、ありがとうございます!.

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