風邪 病院 どこ。 喉が痛い!病院は何科?どのタイミングで行く?

《新型コロナ》8割が無症状者とも! 軽い風邪症状で病院に行くべきでないワケ

風邪 病院 どこ

0度~37. 9度(微熱) 水分補給をして安静にする。 症状がおさまれば問題ありません。 2~3日続くようであれば、病院へ。 0度~38. 9度(中等度熱) 水分補給をして安静にしてみても38度以上の熱が続く場合は病院へ。 風邪以外の原因がある可能性があります。 特に高熱や寒気による 震えがある場合は風邪以外の原因がある可能性が高くなります。 夜間や休日の発熱の場合は、一度、各自治体の電話救急相談で相談してから病院へ行くことをおすすめします。 夜間診療は病院や医師の数が少なく、待ち時間が長かったり、料金が割高になるので、可能な限り避けた方が良いです。 また、高齢者や手術直後、悪性腫瘍の治療中の方は微熱でも 別の原因があったり、重症化する可能性がありますので早めに病院へ行くことをお勧めします。 子供の場合も対処は一緒? 生後3ヶ月以上の子供の場合、大人とは違った対処が必要になります。 0度~37. 9度(微熱) 元々平均体温が高い子にとっては大した発熱ではなかったり、厚着が原因で体温が上昇している可能性もあります。 子供が元気な場合は、服を1枚脱がせて 水分補給をしてから様子を見てみましょう。 (解熱剤なども必要ありません。 ) 一番確認しやすい方法は、子供の平熱を把握して、相対的に(平熱と比べて)どのくらい発熱しているかを判断することです。 また、体温は1日のうちに1度前後の変動があるので1日4回違う時間に検温するとより良いでしょう。 逆に、微熱であってもぐったりしていたり、食欲がないなどの明らかに 異常がある時は病院に行くことをお勧めします。 微熱で病院へ行くことが心配な方は、各自治体が設置している子供の急患相談や、かかりつけ医に電話で相談するのも良いでしょう。 この場合は風邪ではなく、熱中症や インフルエンザなどが原因の可能性が高いです。 「発熱 1 熱は味方!」 子供は大人よりも 体温調節がうまくできません。 そのためちょっとしたことで発熱をするので、すぐに対応できるように保冷剤を準備しておくと良いでしょう。 【商品紹介:】 子供が遊んでいても脇を冷やすことの出来る便利なグッズもあります。 活用してみてください。 この場合は内科?耳鼻科?どっち? 風邪の症状に良くあるのは のどの痛みや鼻水、鼻づまりなどです。 その場合は内科に行った方が良いのか耳鼻科(耳鼻咽喉科)に行った方が良いか迷います。 基本的に、内科でも耳鼻科でも風邪だと診断された場合は処方される薬は同じものです。 使い分ける目安は、風邪以外の疑いがある場合です。 内科へ行くことをお勧めします。 内科へ行くことをお勧めします。 耳鼻咽喉科へ行くことをお勧めします。 耳鼻科へ行くことをお勧めします。 どうしても判断がつかない場合は、どちらかを受診して、もう片方も受診するべきか 医師に相談すると良いでしょう。 特に子供の場合はかかりつけ医へ行って普段の病状などを良く知っている医師に相談すると安心です。 医師は発熱と他の症状で病気を判断します 発熱があって、すぐに病院へ行っても医師は病気を判断することができません。 風邪かインフルエンザか、それ以外か・・・。 医師が判断するには発熱+他の症状や流行などを総合的に判断して診察し、診療します。 判断するめやすは インフルエンザの予防接種を受けていれば、 ・インフルエンザにかかりにくなる ・かかっても重篤 花粉症の方には、とても辛い時期が来てしまいましたね。 子供が花粉症で苦しんでいるのを見るのは、とても胸 風邪をひいたときのつらい症状のひとつと言えば熱による寒気。 布団に入れば暑いし、布団から出れば 毎年10月下旬頃から病院で目にするようになるのが「インフルエンザ予防接種の案内」です。 今年も インフルエンザの予防接種を受けることは、少し前であれば当たり前のことでした。 けれど最近では、 こんにちは、ライターのいずみです。 お出かけの必需品である靴のお手入れって、みなさんどうしてい 最近お腹がぽっこりしてきた… そんなあなた! その脂肪は大丈夫? 体脂肪のうち、内 こんにちは!ライターのバービーです。 私の通っているプライベートサロンの美容師さんは、国内外あ 冬になると毎年多くの患者が出るインフルエンザ。 大々的に流行するのはa型のウイルスであることが 女性にとって、一番健康に気をつかうのは妊娠している時です。 お腹の中の赤ちゃんが元気に産まれて.

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風邪を早く治すためには何科にかかるのが正しいの?

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喉の痛みが続く時は、何科の病院へ行けば良いのでしょうか。 いつもの近所のお医者さん?それとも、喉の専門医でしょうか? もし喉の痛みの原因が風邪だと分かっているのなら、かかりつけ医や内科のお医者さんを受診するので大丈夫です。 微熱がある、鼻水が出る、咳が出るなどの風邪の症状はありませんか。 風邪のような症状でも38度などの高熱が出るのなら、インフルエンザの可能性もありますが、こちらも基本的に内科のお医者さんで診療してもらえます。 内科病院では、口を開いて喉の様子を見てくれます。 風邪などであれば、喉の痛みの原因は扁桃腺の腫れです。 その症状は扁桃腺炎と呼ばれ、唾を飲み込むの痛い場合もあります。 内科のお医者さんでは、痛み止めや抗生物質、痰のお薬などを処方してくれます。 Sponsored Link 風邪などの症状がないのに喉の痛みが続いたり、咳が続くといった場合には、喉のエキスパートである耳鼻咽喉科を受診した方が良いでしょう。 耳鼻咽喉科は、花粉症や咳、中耳炎などの症状がある時に受診する病院ですが、喉の症状も診てくれます。 耳鼻咽喉科には、鼻から入れる小型カメラや頭部レントゲンなどが備わっていて、喉の痛みの原因を詳しく調べることができます。 もし原因が普通の風邪で扁桃腺が腫れているだけでも、内科と同じように抗生物質や痛み止めを処方してくれます。 その他に原因は結核や腫瘍やリンパ節の腫れなどの可能性もあり、町の小さな耳鼻咽喉科では治療設備が整っていないこともあります。 そのような場合は、先生が治療が行える大病院を紹介してくれます。 ベッド数の多い大きなところは紹介状なしに行くと、初診料が2000円とか4000円とか高くつくので、初めは内科や耳鼻咽喉科を受診するのが賢明です。 もし呼吸が苦しいなどぜんそくの症状を疑われるのであれば、呼吸器内科という選択肢もあります。 喉の痛みは、風邪などが原因の場合は内科やお近くのかかりつけ医を受診し、原因がよく分からなかったり症状が続くようであれば喉が専門である耳鼻咽喉科を受診するようにしましょう。 Sponsored Link.

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《新型コロナ》8割が無症状者とも! 軽い風邪症状で病院に行くべきでないワケ

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新型コロナウイルス禍がパンデミックの模様を呈している()。 パニックや流言飛語も相次いでいる。 しかしこのようなパンデミックは、20世紀を含め過去に何度も起こり、そして人類はその都度パンデミックを乗り越えてきた。 今次の新型コロナウイルス禍への対策と教訓として、私たちは人類が遭遇した過去のパンデミックから学び取れることは余りにも多いのではないか? 本稿は、20世紀最悪のパンデミックとされ、世界中で2000万人~4500万人が死亡し、日本国内でも約45万人が死亡した 「スペイン風邪」を取り上げる。 そして日本の流行状況と公的機関の対策を追い、現在のパンデミックに抗する教訓を歴史から得んとするものである。 速水(左)、内務省(右) ・100年前のパンデミック「スペイン風邪」とはなにか 1918年から1920年までの約2年間、新型ウイルスによるパンデミックが起こり、当時の世界人口の3割に当たる5億人が感染。 そのうち2000万人~4500万人が死亡したのがスペイン風邪である。 現在の研究では、そのウイルスはH1N1型と特定されている。 スペイン風邪の発生は、今から遡ること約百年前。 1918年春。 アメリカ・カンザス州にあるファンストン陸軍基地の兵営からだとされる(速水,38)。 当時は第一次世界大戦の真っ最中で、ドイツ帝国は無制限潜水艦作戦によって中立国だったアメリカの商船を撃沈するに至った。 このドイツの粗暴な振る舞いがアメリカの参戦を促し、アメリカは欧州に大規模な派遣軍を送ることになる。 アメリカの軍隊から発生したとされるスペイン風邪は、 こうしてアメリカ軍の欧州派遣によって世界中にばら撒かれることになった。 当時のパンデミックは、航空機ではなく船舶による人の移動によって、軍隊が駐屯する都市や農村から、その地の民間人に広まっていった。 ちなみに、アメリカから発生したのになぜスペイン風邪という呼称なのか。 それは第一次大戦当時、スペインが欧州の中で数少ない中立国であったため、戦時報道管制の外にあったからだ。 そのためこの新型ウイルスの感染と惨状が、戦時報道管制から自由なスペイン電として世界に発信されたからである。 スペインでは800万人がスペイン風邪に感染。 国王アルフォンソ13世や政府関係者も感染した。 日本では当初「スペインで奇病流行」と報道された(速水,49)。 ・「スペイン風邪」、日本に上陸 日本でスペイン風邪が確認されたのは、1918年、当時日本が統治中であった台湾に巡業した力士団のうち3人の力士が肺炎等によって死亡した事が契機である。 そののち、同年5月になると、横須賀軍港に停泊中の軍艦に患者が発生し、横須賀市内、横浜市へと広がった(速水,328)。 当時、 日本の報道でのスペイン風邪の俗称は「流行性感冒」である。 速水によれば、日本に於けるスペイン風邪流行は「前流行」と「後流行」の二波に別れるという。 「前流行」は1918年の感染拡大。 「後流行」は1919年の感染拡大である。 どちらも同じH1N1型のウイルスが原因であったが、現在の研究では「後流行」の方が致死率が高く、この二つの流行の間にウイルスに変異が生じた可能性もあるという。 ともあれ、このスペイン風邪によって、 最終的に当時の日本内地の総人口約5600万人のうち、0. 8%強に当たる45万人が死亡した。 当時、日本は台湾と朝鮮等を統治していたので、 日本統治下全体での死者は0. 96%という(速水,426. 以下、図表参照)。 1945年、東京大空襲による犠牲者は10万人。 日露戦争による戦死者約9万人を考えるとき、この数字が如何に巨大なものかが分かるだろう。 単純にこの死亡率を現在の日本に当てはめると、120万人が死ぬ計算になる。 これは大阪市の人口の約半分にあたる。 筆者制作 ・「スペイン風邪」の凄惨な被害~一村全滅事例も 「前流行」と「後流行」の二波による日本でのスペイン風邪の大流行は、各地で凄惨な被害をもたらした。 以下速水より。 *適宜筆者で追記や現代語訳にしている。 福井県九頭竜川上流の山間部では、 「感冒の為一村全滅」という見出しで、面谷(おもだに)集落では人口約1000人中、970人までが罹患し、すでに70人の死亡者を出し、70人が瀕死の状態である旨報道されている。 出典:速水,146 (1919年)2月3日の東京朝日新聞は、東京の状況を「感冒猛烈 最近二週間に府下(当時は東京府)で1300の死亡」という見出しのもと、警視庁の担当者談として「今度の感冒は至って質が悪く発病後直肺炎を併発するので死亡者は著しく増加し(中略)先月11日から20日までに流行性感冒で死んだ人は289名、肺炎を併発して死んだ人は417名に達し(後略)」と報道している。 各病院は満杯となり、新たな「入院は皆お断り」の始末であった。 出典:速水,161 (岩手県)盛岡市を襲った流行性感冒は、 市内の各商店、工業を休業に追いやり、多数の児童の欠席を見たため、学校の休校を招いた。 (1919年11月)5日には厨川(くりかわ)小学校で2名の死者を出し、さらに6日の(岩手日報)紙面は「罹患者2万を超ゆ 各方面の打撃激甚なり 全市困惑の極みに達す」との見出し 出典:速水,168 神戸には、夢野と春日野の二箇所に火葬場があったが、それぞれ100体以上の死体が運ばれ、 処理能力を超えてしまい、棺桶が放置されるありさまとなった。 出典:速水,128 など、日本を襲ったスペイン風邪の猛威は、列島を均等に席巻し、各地にむごたらしい被害をもたらした。 とりわけ重工業地帯で人口稠密であった京都・大阪・神戸の近畿三都の被害(死亡率)は東京のそれを超えていたという。 だが、上記引用を読む限り、大都市部であろうが農村部であろうが、スペイン風邪の被害は「平等」に降りかかっているように思える。 ・「スペイン風邪」に当時の政府や自治体はどう対処したのか さて、肝心なのは当時のパンデミックに日本政府や自治体がどう対応したかである。 結論から言えば、様々な対処を行ったが、根本的には無策だった。 なぜならスペイン風邪の病原体であるH1N1型ウイルスは、当時の光学顕微鏡で見ることが出来なかったからだ。 人類がウイルスを観測できる電子顕微鏡を開発したのは1930年代。 実際にこのスペイン風邪のウイルスを分離することに成功したのは、流行が終わって十五年が過ぎた1935年の出来事であった。 つまり当時の人類や日本政府は、スペイン風邪の原因を特定する技術を持たなかった。 当時の研究者や医師らは、このパンデミックの原因を「細菌」だと考えていたが、実際にはウイルスであった。 当時の人類は、まだウイルスに対し全くの無力だったのである。 それでも、政府や自治体が手をこまねいたわけではない。 今度は内務省を中心に当時のパンデミックに対し、公的機関がどう対処していくのかを見てみよう。 大正8年(1919年)1月、内務省衛生局は一般向けに「流行性感冒予防心得」を出し、一般民衆にスペイン風邪への対処を大々的に呼びかけている。 驚くべきことに、スペイン風邪の原因がウイルスであることすら掴めなかった当時の人々の、未知なる伝染病への対処は、現代の新型コロナ禍における一般的な対処・予防法と驚くほど酷似している。 以下、内務省から抜粋したものをまとめた。 *適宜筆者で追記や現代語訳にしている。 ・はやりかぜはどうして伝染するか はやりかぜは主に人から人に伝染する病気である。 かぜ引いた人が咳やくしゃみをすると眼にも見えないほど細かな泡沫が3、4尺(約1メートル)周囲に吹き飛ばされ、それを吸い込んだものはこの病にかかる。 ・(はやりかぜに)かからぬには 1. 病人または病人らしい者、咳する者に近寄ってはならぬ 2. たくさん人の集まっているところに立ち入るな 3. 人の集まっている場所、電車、汽車などの内では必ず呼吸保護器(*マスクの事)をかけ、それでなくば鼻、口を「ハンカチ」手ぬぐいなどで軽く覆いなさい ・(はやりかぜに)かかったなら 1. かぜをひいたなと思ったらすぐに寝床に潜り込み医師を呼べ 2. 病人の部屋はなるべく別にし、看護人の他はその部屋に入れてはならぬ 3. 治ったと思っても医師の許しがあるまで外に出るな (内務省,143-144) 部分的に認識違いはあるが、 基本的には「マスク着用」「患者の隔離」など現在の新型コロナ禍に対する対処法と同様の認識を当時の政府が持っていたことが分かる。 そして内務省は警察を通じて、全国でこの手の「衛生講話会」を劇場、寄席、理髪店、銭湯などで上演し、大衆に予防の徹底を呼び掛けている。 またマスク励行のポスターを刷り、全国に配布した。 マスクの無料配布も一部行われたというが、現在の新型コロナ禍と全く似ていて、マスクの生産が需要に追い付かなかったという。 ただ失敗だったのは、内務省が推進した予防接種である。 病原体がウイルスであることすら知らない当時の医学は、スペイン風邪の予防に苦肉の策として北里研究所などが開発した予防薬を注射させる方針を採り、接種群と未接種群との間で死亡率の乖離を指摘しているが、これは現代の医学から考えれば全くの無意味な政策であった。 だが、当時の技術ではそれが限界だった。 ・100年前も全面休校 休校イメージ、フォトAC 各自治体の動きはどうだったか。 とりわけ被害が激甚だった神戸市では、市内の幼稚園、小学校、中学校等の全面休校を決めた(速水,198)。 1919年には愛媛県が県として「予防心得」を出した。 人ごみに出ない、マスクを着用する、うがいの励行、身体弱者はとりわけ注意することなど、おおむね内務省の「流行性感冒予防心得」を踏襲した内容である。 学校の休校や人ごみの禁忌など、これまた現在の状態と重複する部分が多い。 そしてこれもまた現在と同じように、各地での集会、興行、力士の巡業、活劇などは続々中止か、または閉鎖されていった。 このようにして、日本各地で猛威を振るったスペイン風邪は、1920年が過ぎると自然に鎮静化した。 なぜか?それは内務省や自治体の方針が有効だったから、というよりも、スペイン風邪を引き起こしたH1N1型ウイルスが、 日本の隅々にまで拡大し、もはやそれ以上感染が拡大する限界を迎えたからだ。 そしてスペイン風邪にかかり、生き残った人々が免疫抗体を獲得したからである。 つまり、 スペイン風邪は突然の嵐のように世界と日本を襲い、そして自然に去っていったというのが実際のところなのである。 残念ながらヒト・モノが航空機という、船舶よりも何十倍も速い速度で移動できるようになった現在、新型ウイルスの伝播の速度はスペイン風邪当時とは比較にならないだろう。 だが100年前のパンデミックと違うところは、私たちの医学は驚くべきほど進化し、そして当時、その原因すらわからなかったウイルスを、私たちは直接観察することが出来、なんであれば人工的にウイルスすら制作できる技術力を保有しているという点だ。 このような状況を鑑みると、100年前のパンデミックと現在。 採るべき方針はあまり変わらないように思える。 すなわちウイルスの猛威に対しては防衛的な姿勢を貫き、じっと私たちの免疫がウイルスに打ち勝つのを待つ。 実際にスペイン風邪はそのようにして終息し、日本は内地45万人の死者を出しながら、パンデミックを乗り越えている。 ウイルスの存在すら知らなかった当時と違って、現在の私達の社会におけるパンデミックは、伝播速度の違いはあれど集落が全滅したり、火葬場が満杯になったりするという地獄絵図には向かいにくいのではないか、というのが正直な感想である。 ・100年前もデマや流言飛語 満員電車イメージ、フォトAC 最後に、スペイン風邪当時の日本で起こったデマや流言飛語の事例を紹介する。 現在ですらも、「57度から60度近いお湯を飲めば予防になる」などの根拠なき民間信仰が闊歩しているが、人間の恐怖の心理は時代を超えて共通しており、当時も様々な混乱が起こった。 とりわけ医学的には無意味な神頼みは尋常ではなく、例えば現在の兵庫県神戸市須磨区にある多井畑(たいはた)厄除八幡宮では、神戸新聞の報道として、「善男善女で…非常な賑わいを呈し 兵庫電鉄は朝のほどから鮓(すし)詰めの客を乗せて月見山停車場に美しい女も職工さんも爺さんも婆さんも十把ひとからげに吐き出す」(速水,198)で、駅から神社まではさらに二キロ程度の山道で、社務所が用意した護符は飛ぶように売れた(速水,同)という。 人ごみを避けろ、と言っておきながら満員電車はOKというダブルスタンダードまで、現在の日本の状況と何ら変わらない。 日本に於けるスペイン風邪の大流行から、私たちは時代を超えた共通項を見出すことが出来る。 そして人間の心理は、100年を経てもあまり進歩がない、という側面をもさらけ出しているように思える。 どうあれ、私たちはスペイン風邪を乗り越えていま生きている。 デマや流言飛語に惑わされず、私たちは常に過去から学び、 「スペイン風邪から100年」という節目に現出したパンデミックに泰然自若として対応すべきではないか。

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