政木狐。 南総里見八犬伝の登場人物

117. 親兵衛、天に昇る白竜を見る

政木狐

「…それは、誠か!?」 「う、うん…」 千里眼の能力による夢から目を覚ました私は、自分の目で見た事を信乃や現八。 それによって、犬士が8人中7人揃った事を実感する彼ら。 そんな彼らの表情には喜びの笑みがあった。 素藤 ( あのひと )の事は…まだ話さなくてもいいかな… 私は毛野の登場については、しっかり話したが…犬士達の敵である 蟇田素藤 ( ひきたもとふじ )と会っていた話だけはしなかったのである。 あれから、負傷してはいたが、日常生活には支障が出ない程度に回復した 雛衣 ( ひなきぬ )さん。 妻の安全を確認した大角は、直々に「安房へ参ります」と信乃達に申し出てくれたらしい。 「お前さん、身体に気を付けて…。 腹の子は、この雛衣に任せてください」 「ああ。 事が落ち着けば、一度帰るのでな…。 待っていてくれ、雛衣」 「はい…」 出立をする時…一時の別れとはいえ、大角と雛衣さんは別れの抱擁を交わす。 そこには、どんな時代でも変わることのない夫婦の愛が感じられた。 雛衣さんと別れた後、 玉壁 ( たまがえし )の里を出た私達は、本来なら真っ直ぐ安房国へ向かうはずだった。 「武蔵国にある場所で…道節が申すには、結城合戦残党や豊島遺臣など、関東管領を快く思わない郷士たちの自治の里がそこにあるらしい。 故に、そこで一度合流してから安房へ向かおうと荒芽山で話しておったのじゃ!」 明るい表情で、私に語る信乃。 どうやら、私が眠っている間に説明していたらしく、大角も頷きながら話を聞いていた。 「でもさ、信乃。 武蔵国でも、その穂北…とやらは、どの辺りにあるの…?」 「…この辺りだそうですよ、狭殿」 歴史は得意でも地理に疎い私は、首を傾げながら信乃に尋ねる。 すると、大角が手にしていた地図を私に見せてくれた。 ここか…。 一見すると、 保木間 ( ほきま )辺り…。 という事は、現代でいう東京都の足立区って所かな…? 私は、大角が渡してくれた地図を見ながら、現代の地形の事を考えていた。 あれから、山道などの険しい道を通りながら、 下野国 ( しもつけのくに )を南下していく私達。 ここから穂北へは、現代の地名だと、栃木県から東京都23区に南下するといった具合である。 鉄道機関の発達した現代と違い、全て徒歩で向かうこの旅路は、現代で暮らしてきた私にとっては、つらくて険しい。 しかし、この時代の風景に慣れたのか、身体に感じる負担は思いのほか少なかった。 歩幅の大きい信乃と現八が先行し、その後ろから私と大角がついて行くといった形で進んでいた私達。 「ふと思い立ったのですが…狭殿は、好いている殿方はおられるのか?」 「えっ!!?」 思いもよらない発言に、目を丸くして驚く狭子。 そんな私に目も暮れず、大角は話し出す。 「いえ…。 そのような格好をされてはいますが、貴女とて年ごろの女子…」 その先を言いかけた途端、彼の口が一旦止まる。 不思議に思った私だが、彼はすぐに私の耳元でこっそり囁く。 「…信乃殿を好いているとか?」 「…っ!!?」 大角の耳打ちで、私は完全に固まる。 「ん…?狭、大角…如何した?」 「や!!何でもな…い…!!!」 後ろを振り向いた信乃に声をかけられるが、思わず頭を勢いよく横に振るう狭子。 この時、自分の表情なんて見えないけれど、おそらく頬を真っ赤にしているのだろう。 それは、頬が熱くなっているのを感じたからだ。 再び私達は歩き出すが、頬を赤らめたまま黙り込んでしまう狭子。 それを見かねた大角は、納得したような 表情 ( かお )で口を開く。 「…どうやら、図星のようですね」 「本人には………言わないで…ください…ね?」 私は、恥ずかしさの余り、俯いたまま大角に告げる。 「…ご安心召されよ。 わたしの口は堅いですからね…。 あ!でも…」 「でも…?」 穏やかな口調で話す大角。 …でも、何だかからかわれているような…? この時、不思議そうな表情をしながら内心ではそんな事を考えていた。 「信乃殿は、なかなか面構えの良い殿方ですしね。 …安房国へ到達すれば、多くの女子が寄ってくるやもしれませんよ…?」 「…もう!!いいかげんにしてください…!!」 大角の台詞に、またもや頬を赤らめる私。 その勢いで、私は彼の背中におでこをぶつけてしまう。 「お二方…如何された?」 突然立ち止まった信乃と現八に、大角が首を傾げる。 …どうしたんだろう? 同じように不思議に思った私は、横から顔を出して前の方を見つめる。 「…狐?」 気が付くと、彼らの視線は木々の間に立つ狐を指していた。 一見すると普通の黄色い狐であったが…それがこちらに向かって歩き出した途端、その姿に一行は驚く。 「九尾の…狐…?」 皆が驚きで固まっている中、私はポツリと呟く。 少しずつ私達のもとへ歩いてきた狐は、体毛は普通の狐と同様で黄金色だったが、尾が1つでなく9つも存在していた。 もしかして…妖狐? そんな事を考えていると、現八が身構える。 「こやつ…物の怪の類か…!?」 双方の間に、緊迫した空気が流れる中…私だけが物珍しいような 表情 ( かお )をしていた。 それを耳にした途端、私は物凄い変顔を狐に披露していた。 「こやつ…しゃべりおった…!」 「化け猫ならぬ、化け狐ですかね…!?」 狐の思いもよらぬ言動に、戸惑う三犬士。 そんな彼らに目も暮れず、狐は私や犬士達をきょろきょろと見比べる。 すると、現八の頬にある牡丹の痣を発見したのか、目つきが穏やかになる。 音音 ( おとね )さんの名前が出た途端、私達はこれが敵でない事を悟るのであった。 その後、河のほとりで休憩も兼ねて、この狐の話を聞く事にした。 「驚かせて、すまんかったなぁ…!わいは、 政木狐 ( まさきぎつね )。 咳払いをした後、最初に口を開いたのが現八であった。 「…して、政木狐とやら。 お主は何故、わしらの前に姿を現したのじゃ…?」 「ええ。 我々だけでなく、狭殿の事も存じていたし…」 現八と大角が、次々に口を開く。 「音音さんを知っているという事は…彼女の知り合いか何か?」 「そうや」 私の問いかけに、政木狐は首を縦に振る。 「まぁ、わいが神狐になったんは、不忍池で茶屋を営み、人間の旅人を助けとったのもあるんやろけどなぁ…。 まぁ、そんな事よりもや」 明るい口調で九尾の狐は話していたが…突然、態度が変わったかのように真面目な 瞳 ( め )に変わる。 「お前達…。 はよう安房国へ向かった方がええぞ?」 「!!」 「…安房国で何が!!?」 突然、真面目な口調で話し始めた政木狐に、驚きながらも問い返す信乃。 そんな彼を鋭い視線で睨みながら、狐は話を続ける。 「古賀にいるお偉いさんと、関東管領…とやらが手を組み、里見を滅ぼす策を練っておるそうじゃ」 「何!!?」 その台詞に、三犬士は目を見開いて驚く。 「姫…。 そなたは、既に知っておったんやろ…?」 「う…うん…」 政木狐の鋭い視線に対し、私は挙動不審になりながら答える。 少しの間だけ、私たちの間に沈黙が続く。 すると、狐の視線は私から、周囲を見渡すような雰囲気になる。 「…まぁ、ここまでが音音はんに頼まれた言伝っちゅうわけや!それに、お主らが探しておる犬士も、あと一人だけやもんな!」 「…それって、 犬江親兵衛 ( いぬえしんべえ )の事…?」 突然、最初の雰囲気に戻った政木狐。 その早変わりに戸惑いつつも、私は最後の犬士・犬江親兵衛の名を口にする。 すると、狐は、少し残念そうな顔をしながら口を開く。 「んー…惜しい!わいが 言 ( ゆ )うてるのは…親兵衛ではなく、犬坂毛野の方なんや、姫」 「え…?」 またもや思いがけない台詞に、表情を一変させる狭子。 しかし、それは犬士達も同じであった。 「…狭」 「うん…?」 「お主が見た夢によると…犬坂毛野と名乗る犬士は、石浜城で荘助や小文吾と一緒になったのではなかったか…?」 「うーん…」 不思議に思った現八が、私に尋ねてくる。 …あの展開なら、そうなるはずだと思ったんだけどなぁ… 私は腕を組んで考え事をする。 「うん。 親兵衛やったらもう、いろいろあって里見家に仕えとるわ…!今は確か…何かの遣いとやらで、京へ向こうてるはずや!」 「京都…。 朝廷の使者って所か…」 政木狐の答えに、私はポツリと独り言を呟く。 江戸時代に比べたら、力弱いけれど…。 一方、そんな私達の会話に、犬士達はついていけていないようだった。 「要するに…あとはその、犬坂毛野という犬士を探せ…そういう事ですか?」 「…まぁ、そうやな。 ただし親兵衛は未だ、己が犬士である事を知らんみたいやな」 「成程…。 これは一刻も早く、荘助や小文吾と合流しなくてはならぬな…」 戸惑いつつも、話を本筋に戻す大角と信乃。 …でも、あれから一緒に行けなかったという事は…。 逃げる途中、はぐれてしまったって事よね…。 毛野は 籠山逸東太 ( こみやまいっとうた )を追っているだろうし…どこにいるんだろう…? 私は、いろんな事を考えていたため、それ以外の事に気が回らない状態になっていた。 それと同時に、こんな時に限って自分が持つ千里眼の 能力 ( ちから )が発動しない事に、苛立ちも感じていたのである。 では、あちらの方は何も心配する事はないようじゃな!」 政木狐が去った後、そう口にしながら立ち上がる現八。 「あとは、毛野を探すだけ…かぁ。 一体、どこへ行っちゃったんだろう…?」 少し不安な 表情 ( かお )をしながら、私はポツリと呟く。 すると、信乃が私の肩をポンと叩く。 「信乃…?」 そんな彼を、私は見上げる。 「…あまり気に病むな、狭。 確かに不安ではあるが、ずっと沈んでいてはいざという時に動けん。 故に、前向きになるのが一番じゃ…!」 「そうですね…。 それに、荘助殿や小文吾殿から、居場所を特定できる策が得られるやもしれませんしね!」 そう口にする信乃や大角の表情が、とても優しげに感じられた。 「うん…そうだね!何事も前向きに…だね!」 私は、彼らが自分に対して元気づけてくれている事に気が付き、とても微笑ましい気分になる。

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《ファンタジーの玉手箱》 〈2354JKI40〉

政木狐

閲覧注意といいたいシーンも多いです 管理人 木槿猫 ひぇええええ~、という悲鳴を上げながら、でも結局は最後まで見た、という作品です。 韓国ドラマは、凄惨な画面もよく出てくるよなと常々思っていましたが、時代劇もその例からは外れないと思います。 放送倫理というものをここで論じる気はないので、おいておきますが、この作品はとにかく「リアル」。 そこに、「妖怪もの」という要素が加わるので、「不気味~」という感じがします。 とりあえず、メディカル系が苦手な人(私は平気なんですけど)、グロくてスプラッタな映像が苦手(私も好きではない)は、見ない方がいいと思います。 ストーリーも、ちょっと薄気味悪いです。 ラストでなんとか救われる気もしますが、後味もよくないですね。 この作品は、評価が極端に分かれるんじゃないでしょうか。 九尾狐(クミホ)とは? 内容の難易度 なぜなのかはよくわからないんですけど、韓国の人たちってこの「九尾狐(クミホ)」っていう妖怪好きですよね。 この妖怪の伝説をベースにしたドラマって、けっこうあるような気がします。 ところで、この「九尾狐(クミホ)」というのは、日本では「九尾の狐(きゅうびのきつね)」といいます。 別名「玉藻の前(たまものまえ)」という妖艶な美女の妖怪として知られていて、浄瑠璃や歌舞伎の題材として江戸時代には大ヒットしました。 もともとは、中国ご出身の妖怪さんです。 『山海経(せんがいきょう)』という有名な中国の図鑑に載ってます。 余談ですが、この『山海経(せんがいきょう)』は、妖怪図鑑のような本なのでけっこう面白いですよ。 さて、この「九尾の狐」というのは日本でもさまざまな伝説を持っています。 栃木県那須町に「殺生石」という県の文化財指定されている石がありますが、この殺生石は、九尾の狐が退治されて石になったもの、という伝説があります。 また、『南総里見八犬伝』の中に出てくる「政木狐(まさきぎつね)」が、九尾の狐です。 日本で江戸時代にヒットした妖怪は、21世紀の韓国で大ヒットしているんでしょうか。

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第二十二話 政木狐

政木狐

貉の勾玉 貉の勾玉 には、〈伏姫が切腹したさいに腹の傷口から八つの玉が飛散した〉かのような記述がある。 もちろんこれは誤認なのだが(正確には腹の傷口から抜けた白気が首にかけた数珠を宙へ巻き上げ、うち八つの大玉が八方へと飛び散った)気持ちはわかる。 そして腹の傷口から現れた玉、というと必然的に思いうかぶのが妙椿狸秘蔵の甕襲の玉である。 台風なみの強風を巻き起こすこの玉の正体が、垂仁天皇の時に甕襲という人物の犬が貉(むじな)を噛み殺したさいにその腹の内から現れた八尺瓊(やさかに)の勾玉であることは、第百十七回政木狐の口から語られている。 その話に続けて「恁(かゝる)珍奇の神宝も、馬蹄の塵に埋まれて、有と知る人稀なりしに、妙椿狸児が見出して、只顧(ひたすら)愛玩秘蔵しつ」とあることからいっても、妙椿狸が玉を産んだわけではないのだが、「貉と狸は等類にて」「貉に等しき、狸児で侍るに」という表現からすると甕襲の玉を腹中に持っていた貉と妙椿狸が同一視されていると見てよいだろう。 妙椿狸の前身が伏姫の父・義実への怨みを抱いて死んだ玉梓であることはで書いたとおりである。 となれば八犬士を間にはさんで伏姫とライバル関係にあるというべき玉梓もまた伏姫同様卵を産んだと解釈することができる。 さらに第百九回で妙椿狸の口から伏姫の玉のルーツは「天地と共に生出たる、天津八尺の勾瓊(まがたま)」だと明かされている。 伏姫と玉梓はともに八尺瓊の勾玉を〈産んだ〉貉に擬せられているのである(その玉がもともとは外部からもたらされたものであるという点も共通だ)。 じゃあ伏姫は狸なのか?清浄そのもののような伏姫には狸を彷彿とさせるような部分はまったく見うけられない(もっとも玉梓にしても、生前の彼女に狸的な部分はないんだが)。 ましてが指摘するように伏姫は龍のイメージを担っているが、第一回ほか龍について考証している場面を見ても、狸と龍には接点が見つからない。 まずなんといっても八尺瓊(やさかに)の勾玉を〈産んだ〉、ということ。 そしてその〈出産〉は犬の攻撃によって死とひきかえになされたこと。 伏姫の場合直接の死因は自ら懐剣で腹を裂いたことにあるものの、その前の段階で伏姫を鉄砲玉を撃ちこむことによって死に追いやったのは、犬の字をかたどり丶大の名を名乗るようになった金碗大輔である。 さらに里見義実による文字の解釈。 第八回で義実は八房を引き取るにあたり、「狸といふ文字は、里に従ひ、犬に従ふ。 是則(すなはち)里見の犬なり」と語っている。 この「里見の犬」解釈が誤っていたとはのちに義実自身が断っているが、それはさておき、里見家の姫であり、形ばかりにしろ犬と夫婦となった伏姫は〈里に従い犬に従う〉(隷属という意味ではなく、そこに所属する、くらいのニュアンスで)という狸の定義を地で行っている。 また狸でありながら天敵といってよい犬に乳を与えた「兼愛」の行為も、父の戯言を真実にするために犬の妻としての隠遁生活を選びとった伏姫の犠牲的精神にマッチする。 まあこの台詞を言ったのは政木狐だから単に手前味噌なだけかもしれない。 狸認定の玉梓だって狐から〈智が浅い〉よばわりされる程度の小物だとは思えないし。 〈 〉 〈 〉 146007.

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