ペット ロス 後追い。 ペットロスで後悔しない為に、ペットが生きてるうちにできること

ペットロスで後悔しない為に、ペットが生きてるうちにできること

ペット ロス 後追い

愛知県小牧市 59歳主婦 コロンは12年2ヶ月で亡くなりました。 マルチーズの平均寿命より1年短いです。 比べてはいけませんが、くやしいです。 悲しいです。 長期旅行を予定していたので、その前に、念の為と、連れていった病院で、「お別れの時間を大切に」と言われ、何の事だかわかりませんでした。 のどにできたがんが原因です。 散歩もするし、ごはんも食べましたが、食欲はあまりありませんでした。 年だからと思って気にしていませんでした。 それから、旅行をキャンセルし、毎日病院に連れて行きましたが、日に日に悪くなり6日後に亡くなりました。 今でも信じられません。 家族でお別れ会をして火葬しました。 その2日後、親族が危篤になり葬儀まで4日間家を空けました。 コロンの死と重なったら私達が困る事を知っていてあの日を選んで、もう逝くねといって死んだと思います。 最後まで私達の事を思い死んでしまう日まで、選んでくれたと思うと今でも泣けてきます。 小さな体で小さな頭で私達に迷惑をかけないように死にました。 私は、迷惑をかけてもいいから、もっともっと長生きしてほしかったです。 今でも毎日泣けてきます。 まだどうしていいのかわかりません、でも死んでしまった悲しみより、楽しかった思い出と、コロンありがとうという気持ちを持って、私は毎日生きていこうと思っています。 コロン本当に本当にありがとう。 今でも大好きだよ。 2回目の手紙 二度目のお手紙です。 マルチーズのコロンが病気で亡くなって今日で3か月です(4月26日に亡くなりました。 長かったのか短かったのかよくわかりません。 朝起きてきてもコロンはいない。 食事を作っていても「ちょうだい。 」と来ない。 家に帰ってきても窓からのぞいていない。 12年間当たり前だった生活はもうありません。 なんどもなんども「これは夢だ、コロンがいないなんてことはあるはずがない。 悪い夢を見ている。 夢が覚めればコロンはいる。 」と思いました。 でもやっぱりいないのです。 悲しくてこの事実を受け入れることができず3週間ほどは泣き続けました。 その後、残っているフードやおやつをコロンの供養になると思い、犬の散歩友だち数人にもらってもらうことにしました。 そのときやっと身内以外の人にコロンの話をすることができました。 「泣きたいだけ泣いてもいいよ。 」と言われ、いっしょに泣いてくれました。 話を聞いてもらううちに、これからは思い出のコロンになるんだなあと思うようになりました。 今でもふとしたことでコロンを思い、悲しくなります。 でも写真のコロンは元気でうれしそうです。 写真になったコロンを見ながら「また時々、泣くけど心配しないで、何とかやっていくからね。 今までありがとう。 」と話しています。 12歳9ヶ月でした。 散歩から帰った途端、倒れて突然息を引き取りました。 全く信じられない受け入れ難い日々が続きました。 今でも「お散歩まだ?」とこっちを見つめている気がします。 「ペペと一緒に歩きたい」そんな思いが募り、毎朝慣れ親しんだ道を再び歩き始めました。 ペペの首輪を持って。 歩きながら瞼が熱くなることもありますが、それでも歩き続けます。 ペペへの思いを、うまいとは言えない文章で書き綴ってみたりもしました。 そして、こう思うことにしました。 ペペは、神様が「時がくるまで、大切に育ててくれ」と我が家に託した預かりものであり、お迎えが来たら、神様にお返しするもの。 その時が来たのだと。 たくさんの思い出を残して。 ペペは3ヶ月位の子犬の時、我が家に迷い込んできて家族になりました。 平成13年3月9日のことでした。 まだ6歳でした…本当にまわりからも溺愛しすぎと言われるほど可愛がっていました。 クゥちゃんは亡くなる二週間位前に右目を爪でひっかいてしまったのか怪我してしまい急いで掛かり付けだった 少し皮膚病で診てもらっていました 病院に連れていき目薬などで治療していました。 そして何日かして少し良くなってきたと私は思ってたのですが獣医に手術しようと言われてしまいました。 私は手術しないとダメですか?と聞いたら、どんどん酷くなるよ!と言われ承諾しました。 目の手術でも全身麻酔だったのでとても心配でした。 そして手術当日の朝9時に気持ち良さそうに私の腕の中で寝ているクゥちゃんを起こしてクゥが大嫌いなあの病院に連れて行きました。 そして着いたら女の助手がクゥをすぐ連れて行ってしまいました。 私は六年間クゥちゃんとは娘の出産の時の四日間以外離れたことがないので、クゥも私の方を振り返り病院の玄関の扉ごしでなんで置いてくの?と悲しい顔をみたのが最後でした。 夕方5時獣医からクゥちゃんの心臓が止まってしまったと恐ろしい電話がありました。 私が着いたころには元気だったクゥの姿はありませんでした。 きっとクゥは朝私に置いてかれてから麻酔をされるまでの間とてもとても怖くて寂しくて悲しくて、何度も何度も私に助けてって言っていたのだと思うと本当に辛くてたまりません。 今もクゥの悲しい顔ばかり思い出してしまい毎日毎日泣いて苦しい日々を送っています。 ちゃんとお葬式もしましたが、まだこの深い哀しみは癒えることがありません。 娘も一歳ながらクゥを覚えていて写真をみては悲しい顔をします。 だから娘が起きてるときはなるべく泣かないで居るのですが、娘が寝てしまうと、どうしてもクゥちゃんでいっぱいになり涙がとまりません。 クゥは私達家族にしか懐きませんでした。 散歩もあまり好きではなく他のわんことにも近づきませんでした。 そんなクゥちゃん。 私にいつもくっついて寝ていたクゥちゃん。 クゥは本当にお利口で優しい子でした。 こんな いい子がなんで…とやっぱり自分を責めてしまいます。 娘が産まれてからは娘の世話でなかなかクゥに構ってあげれませんでした。 妊娠中は流産しかけていたため、妊娠期間中ずっと自宅安静でほとんど寝たきりだった私を毎日寄り添って元気づけてくれました。 今住んでる家は新築したばかりの一軒家なのですが、その病院の近くで、とても嫌でクゥとずっと暮らしてた実家に今は娘と居ます。 旦那はたまにポーリーを連れ娘に会いに来てます、ずっとこのままでは居られないので、どうにかこの思いが少しでも癒えることができればと思います。 こんな思いの私でもいつか新しく大好きな黒パグちゃんをまた迎えることができますでしょうか?長々と読んで頂きありがとうございます。 静岡県浜松市 女性 会社員 ゴールデンレトリバーのレオは13年間、家族全員の悩み相談相手でした。 無口なレオは私たちの話を聞き、寄り添ってくれました。 娘は不登校でしたのでいつも娘の遊び友達でもありました。 前日まで元気に走り回っていたのに・・翌日ぐったりして体を起こせなくなり、病院へ連れて行くもかなり悪い状態だと聞かされ愕然。 翌朝早朝気づいたら息をしていませんでした。 まだ、心臓が動いていたので「レオ、ありがとう!」と心臓が止まるまで家族全員で大きな声をかけ続けました。 それから、今日で49日。 レオが亡くなった時間に毎日目が覚めます。 悲しみの闇の中でもがき苦しんでいました。 そんな時、ネットで拾った「空からきっと見守ってくれるから、今日も頑張る」の言葉。 これからもレオのことは一生絶対に忘れない。 でも心の傷を癒してくれるのも、また新しい命。 納骨を済ませた後、また新しいワンコを迎えようと思っています。 愛知県犬山市 女性 59歳 私は昨年11月19日にシーズ犬(エリザベス)との別れがありました。 50日目で私の手元に来て13年11ヶ月、生活をともにして、ずっといっしょで私の人生を支えてくれました。 思い出すといろいろなことがたくさんあります。 この子との別れは考えられませんでした。 でもだんだんに老いてきて確実に別れが近づいてきたことを認識させられ・・・。 でも私はこの子がいなくなったらどうなるんだろうととても不安で不安でたまりませんでした。 現実となり私の手の中で息を引き取りました。 私は体の中から何かが抜けてしまい自分自身のことがよくわからず泣き続ける日が続きました。 何も手に付かず、ただあの子を思い出して泣くばかり。 でもあの子が帰ってくるわけでもないし立ち直らなければと思い、ならいごとやスポーツにも出かける努力をしています。 あの子の存在の大きさを改めて考えさせられています。 ベスに今は感謝しています。 ベスありがとう。 天国でとびはねて遊んでいることでしょうか。 (今はあの子との日々を思い出してあの子への手紙を書いたりして心を落ち着かせています。 ) 千葉市 女性 70歳 10年間、大事に飼ってきたわが家の犬 ジローを一ヶ月前に病気で亡くしました。 家族といっても、もう子供たちは独立し、夫も7年前に亡くなって、わたしにとっては遺されたたった一人の家族でした。 最後は私の腕の中て、眠るように息をひきとりました。 それからというもの悲しさよりも喪失感で、眠ることもできないありさまでした。 ただひとつ慰めになったのは、ご近所の犬の散歩ともだちが一緒に泣いてくれたことでしょうか。 ともに思い出を語れる人がいることは人間だったら沢山いることは考えられますが、ペットの場合はなかなかいません。 もちろんまだまだ立ち直れませんが、一人で悲しんでいるよりはずっと心強いきもちがします。 横浜市 男性 58歳 子供のいない私たち夫婦にとって愛犬の存在はなによりも大事な存在でした。 シェパードの雄、 シェルパがその名前です。 職場でなにかいやなことがあっても、彼の顔をみればすべて吹っ飛びます。 妻は妻で私に言いたい愚痴や不満も全部聞いてもらっていたようです。 なにもかもわかっているとでもいいたいように、テラスの椅子にすわる私のそばにねそべりながら、時々哲学者のように遠くをみつめていました。 旅行に行くときも、できるだけいっしょに連れていってました。 そんなシェルパのいかにもだるそうな様子に気がついたのが6か月前です。 すぐ病院に連れて行ったのですが、思いもかけない病気でした。 あらゆる手をつくしたのですが、だめでした。 子供をなくした親はその痛みを一生忘れません。 後悔ばかりしています。 そんなある日、友人から渡された一冊の本、スピリチュアルのことが書かれていました。 それによるとあの世の世界にいったペットたちは次の生まれ変わりのために準備しているとのこと。 またいつかシェルパの生まれかわりが私たちのそばにきてくれるかもと思いながら、日々を過ごしています。 徳島県徳島市 女性 自由業 生後半年で、売れ残っていた柴犬をどうしても救いたかった。 あれから12年、旅行にもどこにも連れて行った。 2年前主人が自殺してしまい、あの仔はいつも私を支えてくれた。 柴犬なのに一ワンもしないいい仔だった。 悪性腫瘍になり足を切断する。 その前に皮膚炎を直さないと、と獣医は他のことに気をとられながら愛情なく言った。 私は自分で最期まで面倒を見ると決めた。 一年間病との戦いが徐々に始まっていった。 本当にたいへんだったけど、散歩にも出られないあの仔のストレスも相当だった。 最期の前日、あの仔は玄関でそそうをしたまま、もう動けず、痙攣(けいれん)するばかりになるのをみた。 次の日、もう亡くなっているだろうと思った。 でもあの仔は待っていてくれた。 必死で私の枕元まで来ていて、早朝4時ふと目を覚ますと息をしていた。 15分じっと見つめていた。 そっとあの仔は逝った。 最期まで根性と精一杯の愛情をありがとう。 誇らしい愛犬。 この辛い気持ちはあの仔との絆。 きっと糧にして生きていこう。 北海道上川郡 女性 会社員 先日愛犬くうが16歳9ヶ月で逝ってしまいました。 くうとの出会いは私が大学生の頃でした。 捨て犬がいたら飼おうと決めていた矢先、コンビニの前に犬が捨てられているという情報が入ってすぐにそのコンビニに向かうと、5〜6匹の子犬が段ボールに。 その中の一番のチビッ子の黒い子を連れて帰りました。 当時からやんちゃ具合が半端ない、暴れん坊でどれだけ悩まされたことでしょうか。 くそ犬と叫んだことは数えきれませんでした。 大きくなってからも。 それでもひとりと一匹暮らしで支え合って生きていました。 楽しいときも辛いときも一緒に。 私が就職して何度か転職してもいつも一緒にいました。 助手席は定位置で暑くない時期や夜に出かけるときは、いつも車で一緒に連れて行きました。 ある時帰省するのに高速道路を走っていたら、私が警察にスピード違反で捕まってパトカーから戻ってくると、食べようと思っていたパンが食べられていたなんてこともあったりしました。 食い意地がものすごくあり、車で出掛けたときには食べ物を買ったら必ず気を付けないと次のタイミングでは食べられているなんてことはしょっちゅうでした。 そんなくうも段々と食欲がなくなっていきました。 亡くなる1年以上前からは食べさせるのに、いろいろと工夫しないとなかなか食べてくれませんでした。 けれども、少しずつ弱ってきてからは気性も丸くなってきて扱いやすくなり、甘えてくることが多くなりました。 シニア犬になってから、面倒みるのが可愛かったし、頼ってくれるのがすごく嬉しかったのです。 私がもうだめかもと思ったことは3度ありました。 その度にくうは復活してくれました。 こいつは絶対しぶといやつだなと思っていたので、今回もきっと大丈夫、また食べれるようになると信じていました。 前の日まですごく調子いいなぁと思っていたのに。 しっかり食べていたし、外に連れていき日光浴もしていました。 急に血便になり、病院に行って点滴をしてもらいましたが、次の日の午前中、仕事に行っている間に亡くなってしまいました。 あとから飼っていたもう一匹の愛犬が一緒にいてくれたので、ひとりでなかったのは良かったと思っていますが、もう少し頑張ってくれるだろうと軽く思っていたので、すごくショックでした。 家に帰ってもくうがいないという現実、気にかける相手がいない、もっと面倒みたかったのに…。 少しずつ現実を受け止めてはきていると思うのですが、やっぱり寂しくて悲しいです。 だって人生の半分近くを一緒に過ごしてきたんですから。 くうとの写真をたくさん現像して見返しました。 どれも楽しい想い出ばかりです。 こんなたくさんの想い出をくれたくうには感謝しないわけがありません。 だから、この想い出を忘れずに私はこれから生きていけると思い始めてきています。 が、これからもう一匹の愛犬と二人きりで生きていくという覚悟をするのにはもう少し時間がかかりそうです。 京都市伏見区 52歳 会社員 2日前、愛犬の黒ラブラドールのラブが突然亡くなりました。 9歳と9カ月でした。 突然、具合が悪くなり病院に連れて行き、そのまま入院しました。 翌日の10時に病院にきてくださいとの事で、病院を後にしました。 翌日の9時に、痙攣を起こし呼吸が止まったと連絡が入り、すぐに病院に行きましたが意識もなく心臓も止まってました。 病院に預けた時に、起き上がれなかったのに、私が帰ろうとすると、ゆっくりと階段を登り出口にきました。 多分、帰りたかったのでしょう。 なんで、連れて帰らなかったのかと後悔しています。 最後、看取ってやれなかった事が悔やんでも悔やんでも悔みきれません。 とても、人懐こい子でみんなに声をかけてもらってました。 人から痛い思いをされた事もなかったので、誰にでも尻尾をふっていました。 食べる事、散歩が大好きでした。 あまりにも突然で、どうしたらいいのか考え気力もなく、何もする気になりません。 今日、火葬場に行ってきて今はラブがいた部屋に骨壷にいます。 誰が悪いわけでもないので、誰かを責めることもないです。 責めてラブが戻ってくる事もありません。 ただ、ラブが私の周りにいつも寄り添うように寝ていたんです。 そのラブがいなくなった事が、まだ信じられません。 家族のみんなは、いっぱいの愛情をそそいであげたので幸せだったよ。 と言ってくれてます。 現実を受け入れてはいますが、哀しみは癒えません。 時間が解決してくれると思いますが、いつになるか。 自分で乗り越えるしかないんですね。 愛知県岡崎市 男性 会社員 昨日、8月9日の朝8時、入院先の動物病院から電話があり、マルチーズの「ピノ」が亡くなりました。 13才でした。 犬を飼ったことがない私がペットショップで一目惚れして家族になったピノ。 仕事から帰宅すると部屋はおしっこ・ウンチだらけだったり、ティッシュの海だったこともしばしば、本当に悪い子でした。 それから1年後、公園で拾ってきた仔猫「チィ」、2年後に動物病院から引き取った仔猫「マリ」にかかりきりで、ピノには寂しい思いをさせました。 ピノは元々皮膚が弱く、膿皮病の抗生物質と痒み止めの薬が欠かせませんでした。 薬漬けにしなければもう少し永く生きられたのかもしれない…。 腎不全で入院し4日目、亡くなる前の日の夜、入院中のピノに面会に行きだっこした時、ピノが涙を流したんです。 今思うとピノは「もう頑張ることができないよ。 パパ!家に帰りたいよ。 」と、訴えてたのかもしれません。 ピノの気持ちに気づいてあげられず、最期を看取ってあげられなかった私はパパ失格だと悔やんで悔やんで…哀しみが止まりません。 その日のお昼に家族葬をし、ピノの遺骨を家に持ち帰ってきました。 でもまだ実感がなくペットロス真っ最中です。 苦しまずに息を引き取ったっと医師から聞いて、ほんの少しだけ救われた気持ちになりましたがやはり最期は看取ってあげたかったです。 北海道千歳市 女性 パート 昨日、我が家の黒ラブ フレディーが亡くなりました。 虐待犬だった彼を引き取って13年と2か月も経っていたんだと知りました。 ボコボコに殴られ続けタバコで焼かれていたという彼のそれまでの生活を忘れてほしいと願い可愛がってきました。 つらい経験を生き抜いた彼は、つまらないことで落ち込む私をいいさ、いいさ。 人生捨てたもんじゃないさ。 と言わんばかりの目でいつもそばに寄り添ってくれました。 フレディーが亡くなる前日から夫は家じゅうに掃除機をかけて彼の毛を掃除しました。 亡くなってからは出来ないと。 今朝になって目にするブラシやタオルに残った彼の毛や香りに私たちはただ涙するのみです。 彼に感謝するばかりでもうこれ以上彼に甘えることも甘えさせて上げることもできないなんて。 カレンダーを見ながら先週の今頃は。 3日前のこの時間ですら彼と触れ合うことができていたのにと時間の流れを戻したい思いです。 フレディー、君と別れたくないよ。 広島県広島市 女性 もうすぐ四十九日をむかえます・・・。 あと、2週間で15歳の誕生日でした。 若くして亡くなったわけじゃない。 長生きの方だったと思います。 亡くなる二か月前から心臓が悪くなり徐々に 弱っていったので、この日を覚悟できていました。 自分のできることを一生懸命にやったと思うので 介護や看病の後悔も不思議とありません。 最期を看取ることも出来ました。 ある意味、理想的なお別れだったと思います。 でも・・・ トムがここにいない・・もうここにはいない。 その現 実が・・哀しく苦しいのです・・・ 何をしていても涙が出ます。 骨壺を抱きしめて泣きます。 丁度、母の介護と自分の病気と愛犬の介護が重なり、正直辛かったです。 特にここ半年間は、食も細くなり夜鳴きもひどく寝てくれないので 私の精神や体力も限界に感じていました。 そんな日々の中、トムは旅立ってしまいました。 トムは・・・私の体を気遣って亡くなったと思うのです。 「ボクのことは、もういいよ。 苦労しないでいいよ」って 「でも、ボクのこと忘れないで、ずっと忘れないで」って・・・ だから・・私の誕生日の日に、私のいつも座っているパソコンの前まで 行って倒れ最期を迎えたのだと思います。 この日を自身で選んだのだと思いました。 この事で、私の哀しみはより深いものとなりました。 涙が枯れる ことはありません・・・。 それから、あまり泣いてばかりいてはいけないなと 思うようになりました。 分骨をして一緒にいようと決めました。 小さなカプセルを購入し、小さな遺骨を納めました。 色んな意見があり、迷いましたが自分が納得する方法を選びました。 こんなにも自分が打ちひしがれるとは想像ができませんでした。 でも・・・それだけ愛していたのだと今は思っています。 そして、私の誕生日を選んで旅立ったトムに強い絆を感じています。 神奈川県足柄上郡 神職 33歳 この一年数か月の間に我が家では、たて続きに三匹の犬と猫が亡くなってしまいました。 キャバリアの瑠那(るな・8歳メス)と、雑種の猫の麗(うるは・17歳オス)と、井宿(ちちり・22歳メス)です。 しかしながら、飼い主である私の母や妹は所謂ペットロスには陥らず、この三匹と一緒に生活出来た事へ感謝を抱いています。 我が家では自宅に神棚を祀り日々の感謝をしながら生活していますが、その事も大きかったのでは無いかと思います。 特に母は三匹が亡くなって、「みんな、神様のお使いさんになった」と思っている様です。 稲荷神社のお狐様が一番わかりやすいかと思いますが、日本の神様には神様のお使いである「神使(しんし)」と言う動物達が居ます。 母はその神使になぞらえ、亡くなった三匹が我が家の守り神である神棚の神様のお使いさんになったのだと考え、三匹たちが今度は私ども家族を守って下さると思っている様です。 母の愛読書が「ぎんぎつね(落合さより著)」と言う漫画なのも、切っ掛けとしては大きそうです。 私自身、神職として神社に仕えている身ではありますが、母のこの考え方はとても日本人らしい考え方では無いかと思うのです。 この国は、自然にある岩や木、山や海など全ての物に神々が宿ると言う考えがあります。 その素晴らしい考え方の延長線からからでしょう。 とても前向きな母に私は脱帽するばかりです。 亡くなってはしまいましたが、三匹たちの御霊も含めた我が家の生活は延々とこれからも続きます。

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ペットの死を受け止められない飼い主への回答にネット民感涙

ペット ロス 後追い

もくじ• つまり、ペットを失った経験を持つ飼い主の全員がペットロス経験者となります。 さらにペットは犬や猫だけでなく、ハムスター、うさぎ、インコなど実に多様化しているため、ペットロスの発症リスクも自ずと高まっているのです。 この「ペットを亡くした」という辛い現実や悲しみから立ち直れず、重症化することで精神的のみならず身体的にも様々な症状を引き起こす精神疾患を患います。 これを一般的に 「ペットロス症候群」と呼んでいます。 この記事ではペットロス症候群のことも「ペットロス」と略して記載していきます。 老衰以外でペットと死別するとペットロスになりやすい 参照:アイペット損保 アンケート調査 「アイペット損保」が2016年に行ったアンケート調査によると、 病気・事故・突然死など老衰以外によってペットを亡くした人の63. ペットとの別れが急に訪れるほど、気持ちの整理を付けることが困難になり、「あの時、ああしておけば」と後悔の念から激しい怒りや自己嫌悪を生みだしてしまうのです。 「後悔」でお別れした人ほどペットロスになりやすい 参照:アイペット損保 アンケート調査 ペットとの最期を「後悔」で迎えた人ほど、ペットロス重症化の危険性があります。 先程も述べたように後悔の念は、怒りや自己嫌悪へ繋がっていきます。 現にアンケート調査でも約7割の人が「後悔している」と回答しており、誰しもにペットロス重症化のリスクがあることがわかります。 ペットロスの症状 参照:アイペット損保 アンケート調査 ペットロスに陥ると、一体どのような症状が出るのでしょうか? アンケート調査によると 「突然悲しくなり、涙が止まらなくなる」「疲労感や虚脱感、無気力、めまい」「眠れない」が上位3つとして回答されています。 ペットロスは激しいストレスから様々な精神疾患を患います。 症状としては抑うつ状態に近く、特に重症化した場合は「愛するペットの鳴き声が聞こえた 気がする 」など、幻聴が聞こえる場合もあります。 また強いストレスは消化器官の不調を招きやすく胃潰瘍 いかいよう をはじめ、心不全などの心臓病まであらゆる身体疾患を引き起こす場合もあります。 ペットロス回復までの期間 参照:アイペット損保 アンケート調査 ペットロスの症状は1ヶ月未満で治まる人が46. 全体の9割は1年以内にペットロスを克服しており、時が癒してくれるのは確かなようです。 しかし「まだ続いている」と回答している人が2. ペットフードの改良や医療技術の進歩によって、ペットの平均寿命は飛躍的に伸びています。 共に生活する時間はこれまで以上に長くなった反面、お別れする時の悲しみや痛みも比例して大きくなっているのです。 ペットロスの心理状況|克服が困難な感情 ペットロスを起こした飼い主は様々な負の感情に陥り、苦しむことになります。 否認 現実逃避。 「ペットの死」という精神的ショックからの自己防衛本能。 怒り 死に繋がった外的要因への怒り。 医者、事故の加害者、死因となった病気など。 罪悪感 自分への怒り。 自己嫌悪。 安楽死を選択した自分。 世話を十分にできなかった自分。 自責・後悔の念など。 抑うつ ストレスを起因とした精神疾患。 悲壮感。 虚無感。 無気力。 自己嫌悪。 不眠症。 など症状は様々。 否認 克服が困難な感情の1つ目「否認」。 これはペットの死、または死が間近に迫っているなど重く辛い現実に直面した際に「認めたくない」という現実逃避の感情であり、精神的ショックから自分を守るための自己防衛本能でもあります。 辛い現実を受け止めるためには時間が必要になるわけですが、これには個人差があり、早い人で数時間、長い人は数日かかる場合もあります。 怒り 克服が困難な感情の2つ目「怒り」。 これはペットの死因が病気や事故など、外的要因だった場合に生まれやすい感情です。 例えば、投薬治療を施したにもかかわらず回復が実らず、「なぜ助けられなかったのか」と担当医への怒りが生まれるといったようなことです。 怒りを外へ向けることで一時的な満足感 ストレス発散 を得ることができますが、根本的な解決に至ることはありません。 罪悪感 克服が困難な感情の3つ目「罪悪感」。 これは怒りの感情が自分へ向いた時に起きる感情です。 例えば「ペット保険に入っていなかったが為に高額な医療費が払えず、十分な治療を施せなかった」「あの時、鎖を外さなければ車に轢かれることはなかった」「いざという時のために動物病院を事前に調べておけば、もっと早く病院に搬送できたのではないか」など。 自分への怒りは自責の念、後悔の念へと変わっていき、自己嫌悪の度合いが強くなるほど「抑うつ」を発症しやすくなります。 抑うつ 克服が困難な感情の4つ目「抑うつ」。 これは「否認」「怒り」「罪悪感」というストレス感情を経て、うつ病という精神疾患を発症、生活に支障をきたした状態です。 一旦「抑うつ」になると悲壮感、虚無感、無気力など深い負の感情に陥り、更には胃痛、頭痛、心不全、不眠症、食欲不振など様々な合併症を引き起こします。 抑うつの克服には投薬治療と時間経過による自然治癒の必要がありますが、完全回復には数ヶ月以上を必要とします。 ちなみにペットロスを理由に「後追い自殺」を考える人もいます。 自殺願望はうつ病の症状としても重いもので、必要ならば心理カウンセラーを頼ることも選択肢として考える必要があります。 ペットロスの克服方法・乗り越え方 これまでご紹介してきたようなペットロスの症状、または克服が困難な感情はどのように乗り越えていけばいいのでしょうか? ここでは 「ペットロスの克服方法・乗り越え方」を解説するのと同時に、ペットロス経験者は何をきっかけに克服していったのか見ていきましょう。 感情にフタをせず思いのままに悲しむ ペットロスは深い悲しみを伴う精神的ストレスです。 つまり克服には心のケアが必要であり、感情にフタをせず思いのままに悲しみに浸る時間が重要なのです。 逆にペットロスを重症化させてしまう人は「ペットの死をしっかり受け止め、十分に悲しめる状況になかった」ことが悪化の大きな要因として挙げられます。 では、なぜ十分に悲しむことが出来ない状況が生まれてしまうのでしょうか? これは 「人の死」と「ペットの死」では周りの理解が大きく異なるからです。 人の死 自分の親や子供を亡くしたとします。 周りの人は同情し、慰め、一緒に弔ってくれます。 そして、それについて文句を言う人は誰もいません。 つまり、 人の死には「悲しみに浸る時間」や「周りの人からの励まし・援助」があり、悲しみを乗り越えるための環境が自然と作られているのです。 ペットの死 一方で「ペットの死」は人間の死と同じようにはいきません。 飼い主にとってペットは家族も同然ですが、その悲しみや痛みは周りに理解されにくく、ペットの死を理由に仕事を休めるような社会でもありません。 親や子供を亡くした時と同等の深い悲しみを背負っていてもペットだと理解してもらえないのです。 それでも私たち人は悲しみの感情にフタをして、必死に生きていこうとします。 しかし「忘れよう」と自分に言い聞かせても悲しみは癒えることなく、溢れかえった感情はペットロス症候群へと繋がっていくのです。 ペットロス経験者から学ぶ「克服のキッカケ」 参照:アイペット損保 アンケート調査 「悲しみを癒すきかっけはありますか 複数回答 」というアンケート調査に対して 「新しい犬・猫を迎える」「経験者と悲しみを共有する」「犬・猫の遺品を整理する」が上位3つとして回答されています。 どれも気持ちの整理に通ずるものがあるということが共通してみられるのではないでしょうか。 あなたがまさに今ペットロスで悩んでいるのであれば、経験者の意見を大いに参考にしていただければと思います。 新しい犬・猫を迎える 参照:アイペット損保 アンケート調査 ペットロス克服のキッカケとして最も多かったのが「新しい犬・猫を迎える」という回答です。 実際に全体の半分が3年以内には新しいペットを迎え入れているようです。 しかし、その半分は「迎え入れていない」と回答しています。 「前のペットを忘れられない」「新しいペット迎えることに罪悪感を感じる」「同じ悲しみをもう経験したくない」など、様々な理由があると思います。 こういった意見を尊重しつつも、新しいペットを迎えることは克服の強い味方になるという事を念頭に考えてみてください。 悲しみを人と共有する 続いて多かったのが「ペットロス経験者と悲しみを共有する」というものです。 悲しみを共有する事で心のケアになるだけでなく、何よりも孤独感を忘れることができます。 周りにペットロス経験者がいないという方はインターネットを活用しましょう。 ネット上には「ペットロス掲示板」などが立ち上げられています。 ペットロス掲示板については後ほど、「ペットロスを乗り越えた人々の声」として、その一部をご紹介していきたいと思います。 ペットの遺品を整理する 参照:アイペット損保 アンケート調査 3つ目に多かったのが「ペットの遺品を整理する」という回答です。 遺品を整理するということは、同時に心の整理をするという側面も持ち合わせていると言えます。 整理は1つの箱にしまう、または踏ん切りをつけて捨てるという選択肢もあります。 ただ全体の61. その姿はなくとも、身近に感じられる供養方法として利用者も年々増えています。 ぬいぐるみ等のメモリアルグッズを購入する 画像: アンケートには含まれていませんが、ペットを手厚く供養するという文化が一般化してきた昨今、メモリアルグッズと呼ばれる供養グッズが売られるようになりました。 このメモリアルグッズの中には、我が子に似せた「ぬいぐるみ」を作成してくる会社もあります。 ぬいぐるみを作ってもらうことで悲しみを完全に忘れられる訳ではありませんが、それでも制作依頼は年々増えているようです。 治療・セラピーを受ける ペットロスの症状があまりにも重く、会社を長期的に休んだり、自殺を考えるようになっている場合、第三者に助けを求めましょう。 重度の抑うつを発症している場合が多く、病院での治療や心理カウンセラーによるセラピーを受ける必要があります。 うつ病の克服には投薬治療と長期的な休息が必要になるため、人によっては休職という選択肢も考えなければなりません。 ペットロスを乗り越えた人々の声 ペットロスによって深い悲しみに陥った時、救いとなるのが経験者たちの声です。 直接会って話すことが最も効果的ではありますが、必ずしも身の周りにペットロス経験者がいるとは限りません。 そんな時はインターネットを活用してみることをおすすめします。 質問掲示板で意見を求めるも良し、今では「ペットロス掲示板」なるものまであります。 自分の悲しみを聞いてもらうことはもちろん、同じ悲しみを持つ人々の声を見ることで、お互いを励まし、勇気づけてもらうことができます。 ここでは 「ペットロス掲示板」をご紹介すると共に、 実際にネットに記載されている声の一部をご紹介していきたいと思います。 寂しければ泣けばいい、メソメソクヨクヨすればいい こんにちは。 私も介護した後、今年の初めに亡くなりました。 今も辛いです。 人生の半分を一緒に生きた子なので、いなくなって自分らしくがどうだったか分かりません。 まだまだ毎日涙が出るし寂しいです。 でも乗り越える…ではなく、胸にしまっていくと考えています。 大切な大切な思い出を沢山思い出し少しずつしまっていく…と。 まだまだ寂しければ泣けばいい、メソメソクヨクヨすればいいんです。 それはその子への愛情の深さなんですから。 時間がかかっても仕方ありませんよ。 色んな感情になるのも当たり前ですよ。 我が子ですから。 きっといつか会えるずっと一緒にいられるようになる日が来ると信じています。 お辛くなったときはいつでもここへいらしてくださいね。 私たちはいつでも待っています。 先ほど19時19分、我が家の愛犬ロンが息を引き取りました。 マルチーズ15才でした。 この2ヶ月半、鼻から大量の出血、てんかん発作、2ヶ月ほぼ毎日嘔吐、大量の薬、本当に本当に耐えて耐えて頑張ってきました。 最後は骨と皮となり、昨日から咳と呼吸が早くなり昨日が最後かと覚悟しましたが、今日もまだ頑張ってるので、午前中に利尿剤の注射を打ち様子見ていました。 後半はワンワンと訴えるようになり、抱っこすると泣きやむので抱っこしてました。 だんだん、口から唾液がふえ小さな声でウーウーと泣き荒かった呼吸が急にピタッと止まり、大きく息を何回か吸ったあと動かなくなり、名前を呼んだらまた反応してくれてそのあと静かに息を引き取りました。 今はお花に囲まれています。 私1人と2匹で頑張ってきました。 まだチワワ7才のレオンがいます。 生き甲斐でした…去年の12月から仕事を辞め付きっきりの介護でしたから、まだ気持ちの整理がついてないので、これからどんな心境になっていくのか不安です。 息を引き取るまでありとあらゆる言葉を伝えました。。。 うちの子が11月に亡くなった時のことと重なり号泣しながら読ませていただきました。 もうこの世にいないということももちろんとても辛いのですが、日に日に弱って最後には水さえも飲めなくなり骨と皮だけになって痙攣を繰り返し昏睡状態になって…が今でも目に焼き付いて離れずとても苦しいです。 昏睡状態の時一度だけこちらを振り返って鳴きました。 口だけで声は出てませんでしたが、ありがとう、さようならと言いたかったんだと思っています。 それを思い出すと辛くて辛くて…4ヶ月たっても悲しみは薄れないです。 きっと一生薄れることはないと思います。 私は一人で最期を看取り、周りに話を聞いてもらえる人もいなかったのでこのサイトでかなり気持ちが救われています。 中略 同じ思いの人たちが他にもたくさんいらっしゃいますので、みなさんお力になってくださると思いますよ。 愛するロンちゃんを15年に渡って精一杯の愛情を注ぎながら見守り続けてこられ、そのロンちゃんの旅立ちを見届けられた心中いかばかりかと推察致します。 本当に大変でしたね。 愛するワンコって、家族を超えてもう我が子、分身といってもいいそんな存在だと思います。 その、愛するワンコを失うことは想像を絶するくらい辛いことです。 それはあの子たちが純真で、心に一点の汚れもない天使のような存在だから・・ 中略 もうすぐ5ケ月になりますが、昨年10月愛するワンコ(チヨ:チワワ&ヨーキー)を亡くしました。 自分の分身といっていいくらい心の支えでもあり生きがいでした。 今も部屋はあの子がいたときと変わっていないです。 5ケ月近く経っても、無性にあの子に会いたくなって辛くなったときはここに来て思いを書き込みさせて頂いています。 このサイトにいらっしゃる皆さんはどなたもとても優しく温かいです。 私はここでたくさん助けて頂きました。 中略 お辛くなったときはいつでもここへいらしてくださいね。 私たちはいつでも待っています。 ペットロスの人との接し方 ここまではペットロスの当事者に関係する内容を解説してきました。 ここで論点を少し変え、 ペットロスの人に周囲の人たちはどのように接していけば良いのか解説したいと思います。 ペットロスに陥っている人はとても繊細な気持ちになっており、普段どおりに接することは少々難しいものがあります。 また思いもよらない発言が、相手の精神に追い打ちをかけることもありますので注意が必要です。 相手の悲しみに同情して心の支えになる ペットロスの人と接する上で大事なことは、相手の感情や価値観に合わせて痛みを共感してあげることです。 ペットロスを克服するためには、ペットとの別れをしっかり悲しめる時間や環境が必要です。 その手助けをすることに意識を置きましょう。 また励ましの言葉としては• 「あなたが悪いわけではない」• 「あなたに育ててもらってあの子も幸せ」• 「あの子は、あなたを恨んでいない」• 「今ごろ、虹の橋で他の仲間と楽しく遊んでいる」 など、優しい言葉をかけてあげてください。 自責の念に追い打ちをかけるような発言に気を付ける 言葉を投げかけてあげる際、自責の念に追い打ちをかけるような発言には注意してください。 例えば、ペットの死因が病死であれば以下のような発言です。 「なぜ病気になったのかな。 ペットフードが悪かったとか?」• 「仕事が多忙だし、病気に気付くのに遅れたのはしょうがない」• 「手術は高額だし、できなかったことは仕方ない」• 「ペット保険に入っておけばよかったね」 このような発言は「あの時、ああしておけば」という自責や後悔の念に追い打ちをかけてしまい、より精神的なストレスを与えてしまいます。 安易に新しいペットを迎えることを進めない ペットロスの人に対して、安易に新しいペットを迎えることを進めてはいけません。 確かに新しいペット迎えることは、多くの方がペット克服方法のキッカケとしています。 しかし、ペットを失ったばかりの人ほど「あの子を何だと思っているのか」と反感を貰いかねません。 また悲しみが深い段階で新しいペットを迎えると、癒されるどころか新しいペットに憎しみを持ってしまうことすらあります。 新しいペットを迎えるかどうかは本人の選択に任せ、悲しみを共感してくれる心の拠り所として尽力しましょう。 最終的に「ペットを飼って良かった」と約9割の人が思う 参照:アイペット損保 アンケート調査 今回は 「ペットロス」という悲しいテーマについて解説してきました。 ペットロスには様々な苦悩が伴います。 それでも約9割の飼い主さんは「ペットを飼って良かった」と最終的に回答しているのです。 やはり、それだけペットは私たちにとって掛け替えのない存在ということでしょう。 しかし、その存在の大きさゆえにお別れ時の苦痛も膨れ上がるものです。 だからこそ、 ペットの弔いはとても重要なことなのです。 もし 「ペットの終活」がお済でない方は是非下記の記事も併せて読んでいただければ幸いです。

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ペットロス回復までの五段階。悲しみが癒えるのは平均10カ月

ペット ロス 後追い

愛知県小牧市 59歳主婦 コロンは12年2ヶ月で亡くなりました。 マルチーズの平均寿命より1年短いです。 比べてはいけませんが、くやしいです。 悲しいです。 長期旅行を予定していたので、その前に、念の為と、連れていった病院で、「お別れの時間を大切に」と言われ、何の事だかわかりませんでした。 のどにできたがんが原因です。 散歩もするし、ごはんも食べましたが、食欲はあまりありませんでした。 年だからと思って気にしていませんでした。 それから、旅行をキャンセルし、毎日病院に連れて行きましたが、日に日に悪くなり6日後に亡くなりました。 今でも信じられません。 家族でお別れ会をして火葬しました。 その2日後、親族が危篤になり葬儀まで4日間家を空けました。 コロンの死と重なったら私達が困る事を知っていてあの日を選んで、もう逝くねといって死んだと思います。 最後まで私達の事を思い死んでしまう日まで、選んでくれたと思うと今でも泣けてきます。 小さな体で小さな頭で私達に迷惑をかけないように死にました。 私は、迷惑をかけてもいいから、もっともっと長生きしてほしかったです。 今でも毎日泣けてきます。 まだどうしていいのかわかりません、でも死んでしまった悲しみより、楽しかった思い出と、コロンありがとうという気持ちを持って、私は毎日生きていこうと思っています。 コロン本当に本当にありがとう。 今でも大好きだよ。 2回目の手紙 二度目のお手紙です。 マルチーズのコロンが病気で亡くなって今日で3か月です(4月26日に亡くなりました。 長かったのか短かったのかよくわかりません。 朝起きてきてもコロンはいない。 食事を作っていても「ちょうだい。 」と来ない。 家に帰ってきても窓からのぞいていない。 12年間当たり前だった生活はもうありません。 なんどもなんども「これは夢だ、コロンがいないなんてことはあるはずがない。 悪い夢を見ている。 夢が覚めればコロンはいる。 」と思いました。 でもやっぱりいないのです。 悲しくてこの事実を受け入れることができず3週間ほどは泣き続けました。 その後、残っているフードやおやつをコロンの供養になると思い、犬の散歩友だち数人にもらってもらうことにしました。 そのときやっと身内以外の人にコロンの話をすることができました。 「泣きたいだけ泣いてもいいよ。 」と言われ、いっしょに泣いてくれました。 話を聞いてもらううちに、これからは思い出のコロンになるんだなあと思うようになりました。 今でもふとしたことでコロンを思い、悲しくなります。 でも写真のコロンは元気でうれしそうです。 写真になったコロンを見ながら「また時々、泣くけど心配しないで、何とかやっていくからね。 今までありがとう。 」と話しています。 12歳9ヶ月でした。 散歩から帰った途端、倒れて突然息を引き取りました。 全く信じられない受け入れ難い日々が続きました。 今でも「お散歩まだ?」とこっちを見つめている気がします。 「ペペと一緒に歩きたい」そんな思いが募り、毎朝慣れ親しんだ道を再び歩き始めました。 ペペの首輪を持って。 歩きながら瞼が熱くなることもありますが、それでも歩き続けます。 ペペへの思いを、うまいとは言えない文章で書き綴ってみたりもしました。 そして、こう思うことにしました。 ペペは、神様が「時がくるまで、大切に育ててくれ」と我が家に託した預かりものであり、お迎えが来たら、神様にお返しするもの。 その時が来たのだと。 たくさんの思い出を残して。 ペペは3ヶ月位の子犬の時、我が家に迷い込んできて家族になりました。 平成13年3月9日のことでした。 まだ6歳でした…本当にまわりからも溺愛しすぎと言われるほど可愛がっていました。 クゥちゃんは亡くなる二週間位前に右目を爪でひっかいてしまったのか怪我してしまい急いで掛かり付けだった 少し皮膚病で診てもらっていました 病院に連れていき目薬などで治療していました。 そして何日かして少し良くなってきたと私は思ってたのですが獣医に手術しようと言われてしまいました。 私は手術しないとダメですか?と聞いたら、どんどん酷くなるよ!と言われ承諾しました。 目の手術でも全身麻酔だったのでとても心配でした。 そして手術当日の朝9時に気持ち良さそうに私の腕の中で寝ているクゥちゃんを起こしてクゥが大嫌いなあの病院に連れて行きました。 そして着いたら女の助手がクゥをすぐ連れて行ってしまいました。 私は六年間クゥちゃんとは娘の出産の時の四日間以外離れたことがないので、クゥも私の方を振り返り病院の玄関の扉ごしでなんで置いてくの?と悲しい顔をみたのが最後でした。 夕方5時獣医からクゥちゃんの心臓が止まってしまったと恐ろしい電話がありました。 私が着いたころには元気だったクゥの姿はありませんでした。 きっとクゥは朝私に置いてかれてから麻酔をされるまでの間とてもとても怖くて寂しくて悲しくて、何度も何度も私に助けてって言っていたのだと思うと本当に辛くてたまりません。 今もクゥの悲しい顔ばかり思い出してしまい毎日毎日泣いて苦しい日々を送っています。 ちゃんとお葬式もしましたが、まだこの深い哀しみは癒えることがありません。 娘も一歳ながらクゥを覚えていて写真をみては悲しい顔をします。 だから娘が起きてるときはなるべく泣かないで居るのですが、娘が寝てしまうと、どうしてもクゥちゃんでいっぱいになり涙がとまりません。 クゥは私達家族にしか懐きませんでした。 散歩もあまり好きではなく他のわんことにも近づきませんでした。 そんなクゥちゃん。 私にいつもくっついて寝ていたクゥちゃん。 クゥは本当にお利口で優しい子でした。 こんな いい子がなんで…とやっぱり自分を責めてしまいます。 娘が産まれてからは娘の世話でなかなかクゥに構ってあげれませんでした。 妊娠中は流産しかけていたため、妊娠期間中ずっと自宅安静でほとんど寝たきりだった私を毎日寄り添って元気づけてくれました。 今住んでる家は新築したばかりの一軒家なのですが、その病院の近くで、とても嫌でクゥとずっと暮らしてた実家に今は娘と居ます。 旦那はたまにポーリーを連れ娘に会いに来てます、ずっとこのままでは居られないので、どうにかこの思いが少しでも癒えることができればと思います。 こんな思いの私でもいつか新しく大好きな黒パグちゃんをまた迎えることができますでしょうか?長々と読んで頂きありがとうございます。 静岡県浜松市 女性 会社員 ゴールデンレトリバーのレオは13年間、家族全員の悩み相談相手でした。 無口なレオは私たちの話を聞き、寄り添ってくれました。 娘は不登校でしたのでいつも娘の遊び友達でもありました。 前日まで元気に走り回っていたのに・・翌日ぐったりして体を起こせなくなり、病院へ連れて行くもかなり悪い状態だと聞かされ愕然。 翌朝早朝気づいたら息をしていませんでした。 まだ、心臓が動いていたので「レオ、ありがとう!」と心臓が止まるまで家族全員で大きな声をかけ続けました。 それから、今日で49日。 レオが亡くなった時間に毎日目が覚めます。 悲しみの闇の中でもがき苦しんでいました。 そんな時、ネットで拾った「空からきっと見守ってくれるから、今日も頑張る」の言葉。 これからもレオのことは一生絶対に忘れない。 でも心の傷を癒してくれるのも、また新しい命。 納骨を済ませた後、また新しいワンコを迎えようと思っています。 愛知県犬山市 女性 59歳 私は昨年11月19日にシーズ犬(エリザベス)との別れがありました。 50日目で私の手元に来て13年11ヶ月、生活をともにして、ずっといっしょで私の人生を支えてくれました。 思い出すといろいろなことがたくさんあります。 この子との別れは考えられませんでした。 でもだんだんに老いてきて確実に別れが近づいてきたことを認識させられ・・・。 でも私はこの子がいなくなったらどうなるんだろうととても不安で不安でたまりませんでした。 現実となり私の手の中で息を引き取りました。 私は体の中から何かが抜けてしまい自分自身のことがよくわからず泣き続ける日が続きました。 何も手に付かず、ただあの子を思い出して泣くばかり。 でもあの子が帰ってくるわけでもないし立ち直らなければと思い、ならいごとやスポーツにも出かける努力をしています。 あの子の存在の大きさを改めて考えさせられています。 ベスに今は感謝しています。 ベスありがとう。 天国でとびはねて遊んでいることでしょうか。 (今はあの子との日々を思い出してあの子への手紙を書いたりして心を落ち着かせています。 ) 千葉市 女性 70歳 10年間、大事に飼ってきたわが家の犬 ジローを一ヶ月前に病気で亡くしました。 家族といっても、もう子供たちは独立し、夫も7年前に亡くなって、わたしにとっては遺されたたった一人の家族でした。 最後は私の腕の中て、眠るように息をひきとりました。 それからというもの悲しさよりも喪失感で、眠ることもできないありさまでした。 ただひとつ慰めになったのは、ご近所の犬の散歩ともだちが一緒に泣いてくれたことでしょうか。 ともに思い出を語れる人がいることは人間だったら沢山いることは考えられますが、ペットの場合はなかなかいません。 もちろんまだまだ立ち直れませんが、一人で悲しんでいるよりはずっと心強いきもちがします。 横浜市 男性 58歳 子供のいない私たち夫婦にとって愛犬の存在はなによりも大事な存在でした。 シェパードの雄、 シェルパがその名前です。 職場でなにかいやなことがあっても、彼の顔をみればすべて吹っ飛びます。 妻は妻で私に言いたい愚痴や不満も全部聞いてもらっていたようです。 なにもかもわかっているとでもいいたいように、テラスの椅子にすわる私のそばにねそべりながら、時々哲学者のように遠くをみつめていました。 旅行に行くときも、できるだけいっしょに連れていってました。 そんなシェルパのいかにもだるそうな様子に気がついたのが6か月前です。 すぐ病院に連れて行ったのですが、思いもかけない病気でした。 あらゆる手をつくしたのですが、だめでした。 子供をなくした親はその痛みを一生忘れません。 後悔ばかりしています。 そんなある日、友人から渡された一冊の本、スピリチュアルのことが書かれていました。 それによるとあの世の世界にいったペットたちは次の生まれ変わりのために準備しているとのこと。 またいつかシェルパの生まれかわりが私たちのそばにきてくれるかもと思いながら、日々を過ごしています。 徳島県徳島市 女性 自由業 生後半年で、売れ残っていた柴犬をどうしても救いたかった。 あれから12年、旅行にもどこにも連れて行った。 2年前主人が自殺してしまい、あの仔はいつも私を支えてくれた。 柴犬なのに一ワンもしないいい仔だった。 悪性腫瘍になり足を切断する。 その前に皮膚炎を直さないと、と獣医は他のことに気をとられながら愛情なく言った。 私は自分で最期まで面倒を見ると決めた。 一年間病との戦いが徐々に始まっていった。 本当にたいへんだったけど、散歩にも出られないあの仔のストレスも相当だった。 最期の前日、あの仔は玄関でそそうをしたまま、もう動けず、痙攣(けいれん)するばかりになるのをみた。 次の日、もう亡くなっているだろうと思った。 でもあの仔は待っていてくれた。 必死で私の枕元まで来ていて、早朝4時ふと目を覚ますと息をしていた。 15分じっと見つめていた。 そっとあの仔は逝った。 最期まで根性と精一杯の愛情をありがとう。 誇らしい愛犬。 この辛い気持ちはあの仔との絆。 きっと糧にして生きていこう。 北海道上川郡 女性 会社員 先日愛犬くうが16歳9ヶ月で逝ってしまいました。 くうとの出会いは私が大学生の頃でした。 捨て犬がいたら飼おうと決めていた矢先、コンビニの前に犬が捨てられているという情報が入ってすぐにそのコンビニに向かうと、5〜6匹の子犬が段ボールに。 その中の一番のチビッ子の黒い子を連れて帰りました。 当時からやんちゃ具合が半端ない、暴れん坊でどれだけ悩まされたことでしょうか。 くそ犬と叫んだことは数えきれませんでした。 大きくなってからも。 それでもひとりと一匹暮らしで支え合って生きていました。 楽しいときも辛いときも一緒に。 私が就職して何度か転職してもいつも一緒にいました。 助手席は定位置で暑くない時期や夜に出かけるときは、いつも車で一緒に連れて行きました。 ある時帰省するのに高速道路を走っていたら、私が警察にスピード違反で捕まってパトカーから戻ってくると、食べようと思っていたパンが食べられていたなんてこともあったりしました。 食い意地がものすごくあり、車で出掛けたときには食べ物を買ったら必ず気を付けないと次のタイミングでは食べられているなんてことはしょっちゅうでした。 そんなくうも段々と食欲がなくなっていきました。 亡くなる1年以上前からは食べさせるのに、いろいろと工夫しないとなかなか食べてくれませんでした。 けれども、少しずつ弱ってきてからは気性も丸くなってきて扱いやすくなり、甘えてくることが多くなりました。 シニア犬になってから、面倒みるのが可愛かったし、頼ってくれるのがすごく嬉しかったのです。 私がもうだめかもと思ったことは3度ありました。 その度にくうは復活してくれました。 こいつは絶対しぶといやつだなと思っていたので、今回もきっと大丈夫、また食べれるようになると信じていました。 前の日まですごく調子いいなぁと思っていたのに。 しっかり食べていたし、外に連れていき日光浴もしていました。 急に血便になり、病院に行って点滴をしてもらいましたが、次の日の午前中、仕事に行っている間に亡くなってしまいました。 あとから飼っていたもう一匹の愛犬が一緒にいてくれたので、ひとりでなかったのは良かったと思っていますが、もう少し頑張ってくれるだろうと軽く思っていたので、すごくショックでした。 家に帰ってもくうがいないという現実、気にかける相手がいない、もっと面倒みたかったのに…。 少しずつ現実を受け止めてはきていると思うのですが、やっぱり寂しくて悲しいです。 だって人生の半分近くを一緒に過ごしてきたんですから。 くうとの写真をたくさん現像して見返しました。 どれも楽しい想い出ばかりです。 こんなたくさんの想い出をくれたくうには感謝しないわけがありません。 だから、この想い出を忘れずに私はこれから生きていけると思い始めてきています。 が、これからもう一匹の愛犬と二人きりで生きていくという覚悟をするのにはもう少し時間がかかりそうです。 京都市伏見区 52歳 会社員 2日前、愛犬の黒ラブラドールのラブが突然亡くなりました。 9歳と9カ月でした。 突然、具合が悪くなり病院に連れて行き、そのまま入院しました。 翌日の10時に病院にきてくださいとの事で、病院を後にしました。 翌日の9時に、痙攣を起こし呼吸が止まったと連絡が入り、すぐに病院に行きましたが意識もなく心臓も止まってました。 病院に預けた時に、起き上がれなかったのに、私が帰ろうとすると、ゆっくりと階段を登り出口にきました。 多分、帰りたかったのでしょう。 なんで、連れて帰らなかったのかと後悔しています。 最後、看取ってやれなかった事が悔やんでも悔やんでも悔みきれません。 とても、人懐こい子でみんなに声をかけてもらってました。 人から痛い思いをされた事もなかったので、誰にでも尻尾をふっていました。 食べる事、散歩が大好きでした。 あまりにも突然で、どうしたらいいのか考え気力もなく、何もする気になりません。 今日、火葬場に行ってきて今はラブがいた部屋に骨壷にいます。 誰が悪いわけでもないので、誰かを責めることもないです。 責めてラブが戻ってくる事もありません。 ただ、ラブが私の周りにいつも寄り添うように寝ていたんです。 そのラブがいなくなった事が、まだ信じられません。 家族のみんなは、いっぱいの愛情をそそいであげたので幸せだったよ。 と言ってくれてます。 現実を受け入れてはいますが、哀しみは癒えません。 時間が解決してくれると思いますが、いつになるか。 自分で乗り越えるしかないんですね。 愛知県岡崎市 男性 会社員 昨日、8月9日の朝8時、入院先の動物病院から電話があり、マルチーズの「ピノ」が亡くなりました。 13才でした。 犬を飼ったことがない私がペットショップで一目惚れして家族になったピノ。 仕事から帰宅すると部屋はおしっこ・ウンチだらけだったり、ティッシュの海だったこともしばしば、本当に悪い子でした。 それから1年後、公園で拾ってきた仔猫「チィ」、2年後に動物病院から引き取った仔猫「マリ」にかかりきりで、ピノには寂しい思いをさせました。 ピノは元々皮膚が弱く、膿皮病の抗生物質と痒み止めの薬が欠かせませんでした。 薬漬けにしなければもう少し永く生きられたのかもしれない…。 腎不全で入院し4日目、亡くなる前の日の夜、入院中のピノに面会に行きだっこした時、ピノが涙を流したんです。 今思うとピノは「もう頑張ることができないよ。 パパ!家に帰りたいよ。 」と、訴えてたのかもしれません。 ピノの気持ちに気づいてあげられず、最期を看取ってあげられなかった私はパパ失格だと悔やんで悔やんで…哀しみが止まりません。 その日のお昼に家族葬をし、ピノの遺骨を家に持ち帰ってきました。 でもまだ実感がなくペットロス真っ最中です。 苦しまずに息を引き取ったっと医師から聞いて、ほんの少しだけ救われた気持ちになりましたがやはり最期は看取ってあげたかったです。 北海道千歳市 女性 パート 昨日、我が家の黒ラブ フレディーが亡くなりました。 虐待犬だった彼を引き取って13年と2か月も経っていたんだと知りました。 ボコボコに殴られ続けタバコで焼かれていたという彼のそれまでの生活を忘れてほしいと願い可愛がってきました。 つらい経験を生き抜いた彼は、つまらないことで落ち込む私をいいさ、いいさ。 人生捨てたもんじゃないさ。 と言わんばかりの目でいつもそばに寄り添ってくれました。 フレディーが亡くなる前日から夫は家じゅうに掃除機をかけて彼の毛を掃除しました。 亡くなってからは出来ないと。 今朝になって目にするブラシやタオルに残った彼の毛や香りに私たちはただ涙するのみです。 彼に感謝するばかりでもうこれ以上彼に甘えることも甘えさせて上げることもできないなんて。 カレンダーを見ながら先週の今頃は。 3日前のこの時間ですら彼と触れ合うことができていたのにと時間の流れを戻したい思いです。 フレディー、君と別れたくないよ。 広島県広島市 女性 もうすぐ四十九日をむかえます・・・。 あと、2週間で15歳の誕生日でした。 若くして亡くなったわけじゃない。 長生きの方だったと思います。 亡くなる二か月前から心臓が悪くなり徐々に 弱っていったので、この日を覚悟できていました。 自分のできることを一生懸命にやったと思うので 介護や看病の後悔も不思議とありません。 最期を看取ることも出来ました。 ある意味、理想的なお別れだったと思います。 でも・・・ トムがここにいない・・もうここにはいない。 その現 実が・・哀しく苦しいのです・・・ 何をしていても涙が出ます。 骨壺を抱きしめて泣きます。 丁度、母の介護と自分の病気と愛犬の介護が重なり、正直辛かったです。 特にここ半年間は、食も細くなり夜鳴きもひどく寝てくれないので 私の精神や体力も限界に感じていました。 そんな日々の中、トムは旅立ってしまいました。 トムは・・・私の体を気遣って亡くなったと思うのです。 「ボクのことは、もういいよ。 苦労しないでいいよ」って 「でも、ボクのこと忘れないで、ずっと忘れないで」って・・・ だから・・私の誕生日の日に、私のいつも座っているパソコンの前まで 行って倒れ最期を迎えたのだと思います。 この日を自身で選んだのだと思いました。 この事で、私の哀しみはより深いものとなりました。 涙が枯れる ことはありません・・・。 それから、あまり泣いてばかりいてはいけないなと 思うようになりました。 分骨をして一緒にいようと決めました。 小さなカプセルを購入し、小さな遺骨を納めました。 色んな意見があり、迷いましたが自分が納得する方法を選びました。 こんなにも自分が打ちひしがれるとは想像ができませんでした。 でも・・・それだけ愛していたのだと今は思っています。 そして、私の誕生日を選んで旅立ったトムに強い絆を感じています。 神奈川県足柄上郡 神職 33歳 この一年数か月の間に我が家では、たて続きに三匹の犬と猫が亡くなってしまいました。 キャバリアの瑠那(るな・8歳メス)と、雑種の猫の麗(うるは・17歳オス)と、井宿(ちちり・22歳メス)です。 しかしながら、飼い主である私の母や妹は所謂ペットロスには陥らず、この三匹と一緒に生活出来た事へ感謝を抱いています。 我が家では自宅に神棚を祀り日々の感謝をしながら生活していますが、その事も大きかったのでは無いかと思います。 特に母は三匹が亡くなって、「みんな、神様のお使いさんになった」と思っている様です。 稲荷神社のお狐様が一番わかりやすいかと思いますが、日本の神様には神様のお使いである「神使(しんし)」と言う動物達が居ます。 母はその神使になぞらえ、亡くなった三匹が我が家の守り神である神棚の神様のお使いさんになったのだと考え、三匹たちが今度は私ども家族を守って下さると思っている様です。 母の愛読書が「ぎんぎつね(落合さより著)」と言う漫画なのも、切っ掛けとしては大きそうです。 私自身、神職として神社に仕えている身ではありますが、母のこの考え方はとても日本人らしい考え方では無いかと思うのです。 この国は、自然にある岩や木、山や海など全ての物に神々が宿ると言う考えがあります。 その素晴らしい考え方の延長線からからでしょう。 とても前向きな母に私は脱帽するばかりです。 亡くなってはしまいましたが、三匹たちの御霊も含めた我が家の生活は延々とこれからも続きます。

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