ヨナス カウフマン。 世界で活躍する一流のオペラ歌手【男性編】

ヨナス・カウフマン/ヨナス・カウフマン~オペラ・コレクション

ヨナス カウフマン

先日、ミューザ川崎で行われた、ヨナス・カウフマンのリサイタルを聞いてきました。 演目は、休憩なしのテノール70分一本勝負となる、シューベルト作曲の『冬の旅』でした。 ちなみに、ピアニストは、御大ヘルムート・ドイチェでした。 演奏会そのものは、字幕無し、曲間のMCもなし、休憩もなければ、アンコールすら無しと言う、ピアニストと一緒に現れたカウフマンが『冬の旅』1曲だけを歌うコンサートでした。 これで、お一人様2万6000円です。 知らない人が聞けば「なにこれ、メッチャ高いじゃん。 ボッタクリちゃうの?」と思うかもしれませんが…全然ボッタクリじゃなかったです。 もっとも、私は女房を質に入れるどころか、女房と一緒にコンサートを見ましたが(笑)。 なんでしょうね…よく「見ると聞くとでは大違い」という言葉がありますが、カウフマンは「CDやDVDと、生歌じゃ大違い」というタイプの歌手でした。 とは言え、別に「写真で見るよりもチビじゃん」とか言いたいわけではありません。 いや、確かにチビでした(笑)。 私が言いたいのは、彼の声の魅力…と言うか、発声の完璧さは、録音では気づきづらいのだけれど、そこが実に見事であり、素晴らしいという事です。 そして、それこそが、聞くべきポイントだという事です。 ミューザ川崎という、おおよそ声楽関係のコンサートには向かないであろう会場で、ピアニッシモからフォルテッシモまでキレイに決めてきたのは、本当に神業だなあと思いました。 カウフマンはテノールと言えども、私とは違う種類のテノールで、いわゆる、スピント系の声、いやむしろ、リリコ・ドラマティコと言ってもいいくらいに、どっしりとした太めの声です。 系統的にはドミンゴのような「バリトンでも十分やれるけれど、高音が出ちゃうので、テノールやりま~す」というタイプの歌手なんだろうと思います。 だから、もともと中低音が充実しているので歌曲にも十分対応できる声を持っているわけです。 『冬の旅』という歌曲には、極端な高音や低音は出てきませんので、イタリア・オペラ的な声の楽しみ方は出来ないのですが、それ無しでもカウフマンの歌は十分に楽しめました。 とにかく、すごかったのは、デュナーミクの広さと幅です。 ほんと、舌を巻くほどに見事でした。 どうやれば、あんなに繊細で、会場の隅々にまで届くような声でピアニッシモが歌えるのだろうか? どうすれば、あれだけの迫力のあるフォルテッシモを怒鳴らずに歌えるのか? 聞いていても、全く分かりません。 カラダの使い方に秘密でもあるんじゃないかしらと、双眼鏡でバッチリアップで見ていても、全然分かりません。 終始カラダもノドもリラックスしているようでした。 そうなんです、終始リラックスしているんです。 70分という長丁場を休憩なしで一挙に歌い上げてしまうのですから、声のスタミナの事も考慮しているとは言え、本当に楽にリラックスした声で歌っているのです。 リラックスしているだけれど、きっちりと充実した声で歌うわけです。 ああ、どうすれば、こんな声で歌えるんだろ? 全く分かりません。 で、時折、スイッチが入ったように力強いフォルテッシモや針のように細いピアニッシモで歌うんです。 私も、色々と世界の一流と言われるプロの歌手の生歌唱を聞いてきたつもりですが、これほどまでに発声の巧みな歌手は、なかなかいません(当社比です、もちろん!)。 テノールと言うのは、多かれ少なかれバカで、元々持っている楽器が良くて、その楽器に助けられている部分が多々あるのが普通なんですが、カウフマンは、どうやら、そういうバカテノールとはちょっと違うみたいです。 なんか、モノを考えて歌っているみたいなんです。 そういう点では、バリトン歌手みたい(笑)。 歌を、才能とか勢いとかではなく、テクニックを知的に組み合わせて歌っている…そんな印象を受けるんですよ。 たぶん、この人、真面目な努力家で、ストイックなインテリさんなんだろうなあ。 ああ、そんな人がテノールにいるなんて、信じられない! 声同様に、どこかバリトンっぽいところがある人なんだろうなあ。 私とは声の質が全然違うので、この人を目指しちゃいけないんだけれど、この人のテクニックは真似できるものなら、ぜひ真似したいと思いました。 特に、あのピアニッシモ。 どうやって出すんだろ? カウフマンのマスタークラスがあったら、見てみたいものです。 ここからは戯言。 会場のミューザ川崎って、変なホールでした。 どこもかしこも床が斜め(笑)。 舞台を客席が螺旋状に取り囲んでいるわけで、床も斜めなら、もちろん座席配置も隣と高さが少しずつ違うわけです。 たぶん、舞台から客席を見ると、すご~く気持ち悪いだろうなあ。 だって、会場のどこにも、水平というラインがないんだよ。 あ、それはさすがに言いすぎだな。 一応、舞台は水平でした。 でも客席には水平な箇所なんて、たぶんないです。 だから、舞台から客席を見ていると、平衡感覚がグチャグチャになるだろうね。 おまけに奥行きが、さほどないのに、高さがあるから、舞台からみると客席がそそり立つ壁のようだろうしね。 舞台と客席の段差が少ない上に、舞台の後ろにもたくさん客席があって、歌手の命綱とも言うべき反射板が存在しない会場なんです。 そんな会場の時は、歌手はピアノに寄り添って、ピアノの反射板を利用して歌うのが、裏テクなんだけれど、カウフマンはそれもせずに、舞台の真ん中でポツンと立って歌っていました。 つまり、彼、かなりの大音量の持ち主ってわけです。 そんな大音量をリラックスした声で歌っているわけだから、それがすごいんです。 客層が、普段の高額クラシックコンサートのそれとはだいぶ違っていました。 これだけの高額クラシックコンサートだと、皆さん、それなりの恰好をしてくるのが普通です。 男性ならジャケット+タイ、女性もきちんとオシャレをしてきます。 和服率も高くなるのか普通なんですが、今回のコンサートでは、もちろんそういう方も少なからずいましたが、Gパン+ポロシャツなんていう、ラフな恰好の人も極めて多かったので、ビックリしちゃいました。 ドレスコードなんて言葉は、死語なんでしょうかね? あと、スマホで写真をパシャパシャ取る人がたくさんいましたよ。 それこそ20とか30とかではなく、もっともっとたくさんいました。 コンサート会場で写真取っちゃダメという事すら知らない人も、今回の客にはたくさんいたんだなあって思いました。 今回の客…と言えば、会場は、実にスカスカでした。 たぶん、半分もお客さんは入っていませんよ。 客は中央部に集まって座っていましたので、正面を見ると、そこそこ客が入っているように見えますが、横や後ろや上の方は、見事なくらいに誰も座っていなかったし、正面だって、4~5人毎に空席を挟んで座っている状態だもの。 主催者的には、チケットが売れなくて、頭をかかえる状態だったんじゃないかな? プログラムも定価4000円を割り引いて、一部3000円で売ってましたが、あの金額設定じゃあ、あんまり売れないでしょう。 実際、プログラム売り場の前には、人だかりはほとんどなく、CD売り場の方にはたくさん人が群がっていました。 だって普通、3000円出すなら、プログラムじゃなくてCDを購入するでしょうね。 私ですか? 私はカウフマンの容姿には興味ありませんし『冬の旅』の内容は頭に入っているし、3000円出すならCDを買いたい人だけれど、CDならアマゾン経由で輸入盤を購入しちゃうタイプの人なので、グッズ売り場は素通りしちゃいました。 いやあ、チケットに大枚はたいているんだから、会場にお金を落とす理由もないわな。 カウフマンは、東京のサントリーホールでは『詩人の恋』を歌ったそうです。 そちらは結構チケットが売れていたようです。 そうなると、これだけ客席がガラガラなのは、川崎という地が悪いのか、『冬の旅』という演目が悪いのか、たぶんどちらかなんでしょうね。 『冬の旅』は、日本ではバリトンやバスが歌うというイメージが強いのですが、作曲家であるシューベルトはテノール向けに作曲しているので、テノールで聴くのが本来の形なんだろうし、カウフマンのように中低音が充実しているテノールの歌唱が理想な形なんだろうけれど、それって日本じゃ受け入れられないスタイルなのかな? かく言う私だって『冬の旅』も良いけれど『詩人の恋』も聞きたかったです。 二者択一なら『詩人の恋』かな? でも気づいた時には、東京のチケットは入手困難で、川崎しかチケットが買えなかったんだから『冬の旅』でも仕方ないです。 …ってか、やっぱり、今となっては『冬の旅』も『詩人の恋』も両方聞きたいです…ってか、チャンスがあれば、もう一度、生で聞きたいです。 それくらいに、私、感動しちゃいました。 カウフマン、すっげーぞ。 あ、大阪でのリサイタルは、これからだね。 ちなみに、大阪も、70分テノール一本勝負の『冬の旅』だよ、よろしくね。 すとん様 はじめまして。 お邪魔致します。 以前より貴ブログの1読者として、拝読しておりました。 コメントを書かせて頂くのは、本日が初となります。 今晩、じっくり「ヨナスカウフマン氏の冬の旅」を読ませて頂き、これまで気が付かなかったことが幾つも明確になりました。 仰る通り、フォルティッシモで怒鳴ることなく、デュナーミクの広さと幅に関しましても、余りに自然で驚かされました。 今年の4月7日に、ヴィットリオ・グリゴーロ氏の特別公開レッスンを聴講してきましたが、カウフマン氏も是非スペシャルな映像(海外で行われるマスタークラス等)を発信して頂きたいと、私も願います。 全く存じませんでしたが、ミューザ川崎の大ホールには反射板が存在しないのですね・・・信じられません。 その条件にも拘わらず、ピアノの反射板に頼らず「冬の旅」を紡いでいたとは・・・感動で御座います。 今回の聴衆マナーは、普段の演奏会と余りに異なる為、気にしないようにしていましたが圧倒されました。 しかし、最後の最後、余韻に浸る間もなく拍手が突如バチバチはじまり、カウフマン氏も僅かに動揺している様子が伺えました。 「冬の旅」と言うより、ワーグナーを幼少から敬愛する彼の「ヴェーゼンドンク歌曲集」の方が良かったかなとも思いますが、もし10年後~15年後の「冬の旅」を将来聴けると仮定すると、若き彼の価値ある演奏会は貴重かもしれません。 声楽をはじめ、楽器をも演奏なさる、すとん様の貴重なご高察を拝読でき勉強になりました。 ありがとうございます。 投稿: michelangeloさん、いらっしゃいませ。 サントリーホールで行ったBプログラムを私は『詩人の恋』とひと言で言っちゃいましたが、Bプログラムは『詩人の恋』だけでなく、michelangeloさんのおっしゃるワーグナーの『ヴェーゼンドンクの詩による5つの歌曲』もあれば、リストの『ペトラルカの3つのソネット』、そして『詩人の恋』と同じ作者であるシューマンの『ケルナーの12の詩』もあって、たぶん、プログラム的には、川崎で行った『冬の旅』しかないAプログラムよりも充実していたと思います(し、私も行きたかったです)。 カウフマンがやりたいプログラムがBプロで、プロモーターが(日本人の観客向けに)お願いしたのがAプロ…だったりして(笑)。 なんか、そんな気がします。 カウフマンの声量の件ですが、michelangeloさんはかなりご不満の様子でしたが、私は逆に、あのホールであれだけの音量で歌える事にビックリしました。 あのホールで、あれだけ脱力して歌ったら、普通は客席まで声届きませんって。 それがきちんと軽いながらも充実した声で聞こえているんだから、あれはやっぱりスゴイと思いましたし、ああいう発声は、一つの理想型だなあって思いました。 >最後の最後、余韻に浸る間もなく拍手が突如バチバチはじまり そうそう、私も、あんまり拍手が早いんで、ビックリしちゃいましたよ。 投稿: こんにちは 『冬の旅』といえば、30年以上前、昭和女子大の人見記念講堂でフィッシャーディスカウを聞いたことを思い出しました。 運よくチケットを手に入れ(いくらだったか忘れてしまいましたが)2階席の下手側の席だったと記憶しています。 柔らかい響きの美声に酔いしれました。 この曲って、バリトン・バス向けでなくテノール向けに作曲された曲なんですね。 知りませんでした。 私は、混声合唱団2団体および片方の混声の男声で構成される男声合唱団1団体に所属しているのですが、片方の先生が、ずっとテノールでやってきた私に「バリトンだと思う」言ってきました。 (男声合唱団では人数とバランスの関係でバリトンを歌っていたこともあります。 ) それで、バリトンに移ろうかともう一つの混声合唱団の指導者に相談すると「高い声の出ないテノール、低い声の出ないバス、たくさんいます。 声質から判断すると君はテノール」と言われました。 合唱団では、男声はどこでも少数派で、市単位の合唱祭などでは、「話したことはないけど見たことある人」がたくさん。 本当に合唱団に関して、世の中狭いと思います。 テノールを歌うかバスを歌うかは、団の状況やバランスなどを考えると難しいこともあるのですが、もって生まれた声を取り換えることができないのも事実。 声楽家出身の先生(私のことテノールと言って人)は、私のことを「ヘルデンテノール」と言っていたので、区分けとしてはバリトンに近いかもです。 個人的には、声区の違いのほかに、合唱の声・ソリスト(オペラ)の声と分けずに、自分に合った勉強をしてみたいと思うこの頃です。 投稿: genkinogen genkinogenさん 声種分けの悩みは、自分の発声が完成されるまではつきまとうものです。 特に、ソロと合唱では、それぞれに事情が違いますので(男女ともに)人によっては、色々とアドヴァイスされて悩むものです。 私はテノールですし、合唱でもテノールですが、以前「君はテノールの声なんだけれど、しばらくバリトンでやってみないか?」と言われて、悩みに悩んでお断りした事がありましたっけ。 妻もソロではソプラノですが、合唱に行くとアルトを割り振られる事が多いです。 >「高い声の出ないテノール、低い声の出ないバス、たくさんいます。 そうなんですよね。 一般的に、ソロでは声質で、合唱では声域で、声種を判断される事があります。 それぞれの事情があって、そうなるんだろうなあ…と理解していますが、当事者にとっては、なんとも悩ましい事です。 >バリトン・バス向けでなくテノール向けに作曲された曲なんですね 詩の内容を考えると、女の子にフラれた若い男性がグチグチグチグチ、愚痴っているわけですから、あんまり立派なオトナの男性を主人公にしてしまうと「ちょっとなあ…」となってしまいます。 やはり、若者っぽい声で歌うべき歌でしょうから、テノールか、声の若いバリトンが歌うのは本来的には良いのでしょうが、この曲は歌曲ですから、歌手自身は語り部であって、歌の主人公ではないので、声種性別を問わずに、どなたが歌っても良いので、別に低声歌手が歌っても問題なしです。 投稿:.

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ヨナス・カウフマンの公式サイト

ヨナス カウフマン

ヨナス・カウフマン テノール ダンディでセクシーな風格のルックスと歌に誰もが夢中になるドイツの星、テノール、ヨナス・カウフマン。 最近ではさらに素敵にに年を重ねて、大人の男性の渋みが出てきました。 男性の高声のテノールの歌手ですが、重厚な響きは聴いていて非常に心地良いものです。 そのまま高音まで力強く歌い上げるヨナス・カウフマンの姿には、とても気高さを感じられます。 表現や演技に関しても素晴らしい、の一言につきます! ヨナス・カウフマンがマスネ作『ウェルテル』を演じたオペラに映画館へ足を運んだ大勢の観客は悲劇のクライマックスで感涙したとのこと!オペラでは音楽の流れがドラマに先行する場合がほとんどで力抜けしてしまうシーンがありますが、ヨナス・カウフマンは気持ちの停滞を感じさせない真のパフォーマーなのでしょう。 しかし残念なことですが、ヨナス・カウフマンの日本公演はキャンセルされることが多いのです。 日本のホールで直に聴きたいと期待しするファンも多いことでしょう。 ルチアーノ・パヴァロッティ テノール レコード・セールス1億枚!世界で最も売れたクラシック・ヴォーカリストとして知られるイタリア出身のパヴァロッティ。 パヴァロッティは文字通りのスーパースターで、ホセ・カレーラス、プラシド・ドミンゴらと共に結成した「三大テノール」のひとりとして、幅広い人気を誇りました。 「神に祝福された声」と評価された明るく豊かな美声は世界中の人々から愛されたのです。 パヴァロッティは現代のオペラ界を代表する存在であるばかりでなく、パヴァロッティ&フレンズと題した数々の慈善コンサートでは、幅広い人脈から大物ポピュラー歌手との共演も重ねました。 ジャンルを超えた世界的な人気を博したパヴァロッティ。 2006年冬季トリノ・オリンピックの開会式で、椅子に座りながらも変らぬ美声で『誰も寝てはならぬ』を熱唱していたのが記憶に新しいところです。 2007年9月にパヴァロッティはこの世を去りました。 71年の輝かしい生涯でした。 ブリン・ターフェル バス・バリトン イギリス出身のブリン・ターフェルはイギリス女王より「騎士 ナイト 」の称号を授けられた人物。 重く暗い印象になりがちなバス・バリトンという声種ですが、ブリン・ターフェルの声はだいぶ華やかです。 すっかりオペラ界の大御所として風格を漂わせるようになったブリン・ターフェル、かなり脂がのっています。 ブリン・ターフェルのキャラクターは実に豊富。 ユニークな曲は歌う表情を見ているだけで楽しいですし、残忍な役のシーンで隣で歌う人はきっと恐怖を感じているだろうと同情すらしてしまいます。 2007年にグラミー賞 ベスト・オペラ・レコーディング部門 を授賞しているブリン・ターフェルですが、実はオペラだけでなくポピュラーな歌も積極的に歌っています。 またミュージカル スウィーニー・トッド にも出演。 動画では『ラ・マンチャの男』の「見果てぬ夢」を歌っています。 ブリン・ターフェルの幅の広い活躍に期待しましょう。

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Jonas Kaufmannの楽曲一覧

ヨナス カウフマン

La Repubblica interview by Giuseppe Videtti 2017. 17 「 カウフマンさん、歌って下さいよ、テノールのストレスを」 「あの時は悲しかった。 子供達と話そうと思って僕の電話機を何とかTVにつなげようとがんばっていた時」。 マクシミリアン通りに面したミュンヘン国立歌劇場の居心地の良いオフィスで、彼は落ちてくる雪を窓越しに眺めながら言った。 「本当にがっくりした。 画質はめちゃくちゃ悪かったしね。 」 「こんなことを思い出しますよ。 満員の劇場、スタンディングオベーション、公演後の高揚感、バンバン出てくるアドレナリン。 だけれどその後凍てつくシカゴの町にある僕のホテルに帰って次の公演までの72時間、部屋の中でただTVを見ているだけ。 ドイツにいる自分の子供が初めて言葉をしゃべったときも、初めて歩き始めたときも僕はその場にいない、これが人生さ。 成功というのは本当に素晴らしいものだけれど、この落差は恐ろしい程大きい。」 ポップスターよりもオペラスターの方がゆったりした生活をしているわけではない。 オペラ歌手にとって公演活動はきつい。 というのも3-4時間舞台に出て、着心地の悪い衣装に拘束され、センセーショナルな演出で熱い視線を浴びようとする演出家や舞台デザイナーの犠牲になるからだ。 最悪なのはプレミエ舞台の細かい所を突っつく正統派よりも冷酷なブロガーだ。 彼らは偶然間違えたところを見つけ出すとすぐさまYoutubeに出して恥を公衆の面前にさらす。 ヴェルディとワーグナーを20年歌い続け、MET, ROH等で申し分ないキャリアーを築き上げ、更にセックスシンボルとして確たる評価を受ける48才のテノールヨナス・カウフマンはこれらのストレスを癒やすべく彼が生まれた町にあるバイエルン歌劇場に避難した。 バイエルン州の湖沼地区にある彼の家は歌劇場から自動車で30分くらいの所だ。 聴衆も劇場管理者もうんざりした長期間のキャンセルから解放された後、「ここは僕の劇場。 ずっとそうあって欲しいなあ」と彼は言う。 「僕はここで産まれ、ここで勉強して、ここで初めてのオペラを見た。 ここで初めて僕のアイドル、パヴァロッティとプラチド・ドミンゴを見た。 本当にこの劇場が僕の居間でいて欲しいと願うよ」。 評判の良かった「アンドレア・シェニエ」とフランスアリアのリサイタルが終わった後、彼とバイエルン歌劇場との間には固い絆が結ばれているように見える。 この春MET「トスカ」からの降板(他の歌手達のキャンセルも続いた)はもはや昔の事に思える。 カウフマンはこのことについて確固たる考えを持っている。 「マルガレーテ(2014年に離婚した前妻のJoswigのことで、彼女との間に3人の子供がいる)は15年間シングルマザーのようなものだったのですよ。 ツアーをして世界を回りながら同時に父親でいることはできません。(「ヨナス・カウフマン、テナー」小学館参照)」 Q:あなたは人もうらやむキャリアーを持っておられます。 しかしこの前何ヶ月かの間のキャンセルに関してはどうでしょう?始終風邪をひいていますね。 あなた自身の生活を取り戻す必要があるのですか? A:何ヶ月も前にチケットを買っている聴衆にとってキャンセルがどんな意味を持つかはよくわかっています。 ですから僕にとってキャンセルは簡単なことではないのですよ。 運のいいことに僕はこの15年問題無くやってきましたし、この前の病気も手術しなくて済みました。 今度は大切な僕の声を守らなければなりません。 2016年9月ナポリのサンカルロでの公演の後(声帯血腫になったのがわかった公演)ひどく大変な時を過ごしましたから。 何ヶ月も歌えなかったのですよ。 Q:自分自身の生活を持とうとするのはオペラスターにとってかなわぬ贅沢の様にも思えますが・・・。 A:それを持とうと思ってMETとは非常に難しい関係になりました、だけれど僕にとってミュンヘンから離れた場所で過ごすのは耐えられなかったのですよ。 僕の人生です。 僕は子供達と一緒にいたかったのですよ。 僕が引退した後、または子供達が40才になってからでなくては許されないことですか? 確かに昔は歌の為だけに生き、美術館に行くこともなく、自分が歌いに行った町の中を観光することもなく、働く、働く、働く、だけの芸術家はいました。 何を選択するかの問題です。 ほかに何もすることがなければいいですけど・・・。 僕は家族を愛していますし、既に長い間子供達を放りっぱなしにしてきたのですよ。 それに僕が空虚な生活をしていて、どうやって聴衆の前でキャラクターを、そして熱情を表現することができますか? Q:METの「トスカ」には色々問題がありました。 特にMETの総責任者ゲルブ氏は心よく思っていないようですが。 A:公演回数を減らすように提案したのですよ、4回または5回の公演のあと他のテノールに変わって貰うとか。 しかし何も返事はなく、New York Timesの記事にヴィットリオ・グリゴーロが全部の公演のカバーをするという記事が出たのです。 要するに、METが僕の提案に新聞経由で「ノー」と返事をしたわけです。 最終的にMETは2018年の秋に予定されている「西部の娘」に関して僕の条件を受け入れてくれました。 Q:歌劇場はとても早くから予定を決めますね。 既に2023年のプログラムを検討し始めているようですが。 A:典型的なアメリカのやり方ですね。 METが最初に始め他の劇場もそれに習いました。 全くばかげたことです。 私が「トスカ」をキャンセルした時METはこの同じオペラを2022年にどうかと言ってきました。 ノーサンキューです。 私は自分の条件を変える気はありませんし、自分がやりたいと思えるプロジェクトを受け入れられる時間的余裕を持っていたいのです。 僕の2020年の予定は半分しか埋まっていませんが、空いているから何でも喜んでやる、というつもりはないです。 Q:後々になっても同じ決断(選択)をすると思いますか? A:芸術的なことでも同じです。 やらない方が良いと自分で考えたとき、例えば「オテロ」ですけれど、今年の夏ロンドンで演じるまで長い間「やらない」と言ってきました。 10年前はまだ準備ができていませんでした。 それは難しいからではなくこの役を歌うに際しものすごく強い情念が伴うからです(カウフマンは彼の声と共に演劇のうまさで知られている)。 歌手人生にとって誤った判断、特に見込みで判断するのは危険ですよ。 Q:現在はインターネットがあるからもっと危険ですね。 A:ええ、劇場から帰るとすでにネットにコメントが載っています。 舞台で心配せずにやれと言ったってそれは不可能ですよ。 Q:プラチド・ドミンゴは 今世紀の「3大テノール」 はすぐにできるんじゃないか、カウフマンをトップにしてあと2人のテノールを、例えば Beczala, Sartori, Juan Diego Florez, CamarenaとかBrownlee の中から選べば、と言っています。 A:Beczala (ベチャワ)は素晴らしいよね。 彼のように上手くキャリアーを築き上げている人はそんなにいない。 Juan Diego Florez(フローレス)は彼の分野でナンバーワンだ。 しばしば彼とその事について冗談をとばすのですよ。 だけど二人でいつもこう言い合うのですよ、「いまさら3大テノールをつくり直す必要があるの? 」 イタリアの90年代最後、3人の芸術家の人気がピークだった時、カラカラ劇場の魔法のおかげである特別な機会に信じられないくらい素晴らしい成功を収めた、そのコピーをつくるということでしょ。 もし同じような状況が再現できるのならば・・・やるかもしれませんけれどねえ、でもやらないでしょう。 2017. wrote.

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