スティグマ 意味。 スティグマとは?社会的スティグマは?新型コロナとの関係は?【新型コロナ用語集】

スティグマstigma「負のレッテル」の意味とは?使い方もわかりやすく解説

スティグマ 意味

スティグマと言うと聞きなじみのない言葉だが、あえてそれを現代風に言い換えるならば、要するに劣等感のことである。 スティグマと劣等感とは切り離すことができない。 基準からの逸脱が極めて大きい場合や可視性が高い場合、スティグマは1つの固定的なカテゴリーとして社会に認知されることになる。 例えば、犯罪者、身体欠損者、精神障害者などがそれである。 この記事で明らかにしたいことは、社会的にそのカテゴリーの存在が認知され、一般社会からは隔離されるようなスティグマも、一般的な人々が持つ劣等感と本質的に同質のものであり、それは社会的交渉の過程であるということである。 このような場合彼はわれわれの心のなかで健全で正常な人から汚れた卑小な人に貶められる。 この種の属性がスティグマなのである。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 例えば、身体欠損者はいかなる場合においても「正常ではない」。 彼はそもそも「正常な人間」というカテゴリーから逸脱してしまっているからだ。 したがって、身体欠損は最も明瞭なスティグマの属性である。。 もう少し一般的な例を挙げるならば、例えばアルコール依存症の医者はスティグマ保持者と言えるだろう。 なぜなら、アルコール依存症は医者という属性に適合的ではなく、社会的に認知されている基準からは逸脱しているからだ。 このように、通常その人が求められる属性から逸脱した属性のことをスティグマと呼ぶ。 すなわち、スティグマは私たちがある人に対して要求しているアイデンティティと彼が実際に持っているアイデンティティの乖離を生み出す要素なのである。 これを「対他的な社会的アイデンティティと即自的な社会的アイデンティティの乖離」とゴッフマンは述べている。 また、ゴッフマンは、スティグマを持つ人と対比させて「われわれ、ならびに当面の特定の期待から負の方向に逸脱していない者」のことを常人と呼ぶ。 これは、その文字通り社会的に認知されている基準から逸脱していない通常者のことである。 以上の定義を基にして、次節ではスティグマを持つ者のアイデンティティについて述べる。 スティグマのある人のアイデンティティのありか 個人が所有するアイデンティティはその人が結ぶ様々な社会関係を通じて形成されていると考えられるため、アイデンティティの問題は常にその人が所属する社会集団と関連付けて論じる必要があるだろう。 特にスティグマのある人にとっては、所属する社会集団が自身の生活と密接に結びつくことが多い以上、僕たちはこの問題について特別の注意を向けなければならない。 内集団 スティグマのある人は2つの世界に生きている、と想定することができる。 その2つとは、ある意味で両極に存在する「内集団」と「外集団」である。 内集団とは、スティグマのある人にとってのあるいはスティグマに対して理解のある人々の集団のことを指す。 相互扶助団体や各種サークル、医療機関などがこれに含まれる。 しかし、ここではスティグマのある人は自分自身を偽ったりあるいはスティグマのある人としての道化的役割を果たしたりせずに済む。 すなわち、彼はここでは常人としての地位を取り戻すことができるのである。 しかし、「スティグマのある者は、自己自身を他の人間とまったく違ったところのない人間と定義するが、ところがまた一方では同時に、自分を周囲の人びとと一緒になって別種の人間と定義している」。 スティグマのある人は内集団の内部においては正常な人として振る舞うことができるが、そもそも内集団が外集団からの隔離によって成立している以上、彼らは外集団との差異を意識せざるを得ない。 そのため、スティグマのある人は常にアイデンティティにまつわる差異と同一のジレンマに直面している。 このジレンマに対する解決策として、ある種の準則、すなわち彼らがどのようにこの困難に対処すればよいのかという指針が内集団で形成されることになる。 そして内集団内で形成されたこの準則がスティグマのある人に内面化され、彼のアイデンティティの重要な位置を占めることになるのである。 「スティグマのある者に呈示される準則は、明示的、含蓄的の差はあっても、いくつかの標準的な事柄にわたる傾向がある。 [それには]そのような形式で告白するのが望ましいか、隠すのが望ましいか、が示唆されている。 」 「右のような公然支持されている行動準則が、スティグマのある人に、ただ単に基本綱領と政治的指針ばかりでなく、またただ単に他人をどう扱うかを指示するばかりでなく、自己に関する適切な態度とはどういうものかについての処方をも呈示している、ということは明白であろう。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 この準則は、例えば、常人との友好関係の築き方、同類に対する態度、自分に対する偏見との付き合い方、自分の特異性との向き合い方などを示すものである。 このような準則はスティグマのある人にとっての一つの指針となり、スティグマを持つ者としてのアイデンティティを形成する。 外集団 一方外集団とは、でない人たちの集団、すなわち常人たちの世界である。 常人たちにとっては意識的でないことも多いが、この世界には様々な基準や規範が流通しており、通常、スティグマをもつ人たちにとってはどうにかして適応するべき世界として現れる。 したがって、外集団では、スティグマのある人は自身のスティグマを隠蔽するための様々な工作や、あるいは異常者としての道化的な振る舞いを迫られることになるのである。 「以上のように個人が帰属する集団が、代弁者たちの唱道する準則を彼に吹き込むこともあるが、またスティグマのある人は、第二の集団の視角から、すなわち常人たちおよび彼らの構成している包括社会の視角からも、自分自身を見るように求められている。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 スティグマのある人は、スティグマのある人としての内集団準則を持つ一方で、外集団の視角から自分自身を見ることも求められる。 すなわちそれは、自分自身を基本的には常人と同じ人間として受け容れることである。 彼らはスティグマを持つ人としての自覚を持ちながら、自分自身を常人として扱わなければならない。 これは例えば、ある場面においてスティグマを持つ人が自身のスティグマを積極的に常人に開示することで社会的交渉が円滑に進むことなどに表れている。 「よい適応とは、スティグマのある者が[一方では]晴れやかに、しかも自意識を伴わずに、自己自身を基本的には常人と同じ人間として受け容れ、他方では常人が口先だけにしろそこで彼を常人同様に受け容れているとはいいにくい状況で自発的に控え目にすることを必要条件とするのである。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 内集団と外集団のはざまにあるアイデンティティ 以上述べてきたように、スティグマを持つ人は本質的に対立する二つの態度の内面化を求められる。 彼らは、このことによってスティグマを持ったまま社会成員として生活することが始めて可能になる。 しかし、この過程は彼らのアイデンティティに、スティグマという差異を持つ者としてのアイデンティティと、常人としてのアイデンティティという分裂をもたらものである。 「スティグマのある者のおかれている特殊な状況は次のようなものである。 すなわち、社会は彼に、包括社会の成員である、つまり彼は正常な人間である、と告げ、しかしまた彼はある程度おり、この特異性を否定することは愚かだ、とも宣告する。 断るまでもなく、この特異性自体は社会に由来する。 というのは一般的にいってある特異性は、それが大いに問題とされる以前に包括社会という集合的レベルで概念化されていなくてはならないからである。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 スティグマと常人、逸脱点のある常人 さて、これまで僕たちはスティグマとスティグマのある人のアイデンティティについて論じてきた。 ここで、ゴッフマンは議論に一つの根本的な転回を行う。 すなわち、果たしてスティグマのある人と常人を明確に区別することができるのだろうか、という転回である。 「常人のなかのもっとも幸運な人びとでも半ば隠れた欠点をもつのが普通であり、しかもどんな小さな欠点もそれが大きな影を投ずるときは、即自的な社会的アイデンティティと対他的な社会的アイデンティティの間に世人の目を避けたくなる乖離を生ずるようになる機会が社会には存在するのだ。 たまに不安定な人と、常時不安定な人とは一つの連続体の上にある。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 スティグマとは、その社会で流通する基準からの逸脱を示す属性であった。 この社会で流通する基準とは、極端に言えば、例えば医者の場合、患者に同情的で、博識で、謙虚で、中肉中背で、さわやかで、有名国立大学の出身で、休日はスポーツに興じる男性というのがそれである。 そんな人物は存在するわけがないだろう。 存在したとして、ごく少数に限られるのではないだろうか。 要するに、個人がその人に社会的に要求される属性を全て満たすことなどできないのである。 以上に挙げた例は大仰ではあるが、社会のアイデンティティに関する共通的価値はこのような形で常に個人にある種の影を投じている。 「結論として私が再度述べておきたいことは、スティグマとは、スティグマのある者と常人の二つの集合に区別することができるような具体的な一組の人間を意味するものではなく、広く行われている二つの役割による社会過程を意味しているということ、あらゆる人が双方の役割をとって、少なくとも人生のいずれかの出会いにおいて、いずれかの局面において、この過程に参加しているということ、である。 常人とか、スティグマのある者とは生きる人間全体ではない。 むしろ視角である。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 スティグマや常人は固定的なカテゴリーではない。 それらは人々が様々な社会的場面で接触する過程で生まれる、ある種の役割分担である。 どのような人でも、常人として振る舞うことがあればスティグマのある人として振る舞うこともある。 もちろん、人によっては生まれ持った特質からその人生の大部分をスティグマを持つ人の役割を演じなくてはならないかもしれない。 このような事情から、スティグマを常人からはかけ離れていることを示す属性として固定する見方が生まれる。 しかし、これまで見てきた通り、ある属性は個人を常人あるいはスティグマ所有者に分類するものではなく、ただ様々な社会的場面における両者の役割を規定しているだけなのである。 参考文献) アーヴィング・ゴッフマン (2016)『スティグマの社会学 烙印を押されたアイデンティティ』 石黒毅訳,せりか書房.

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stigma(スティグマ・烙印・汚名)の意味と使い方

スティグマ 意味

スティグマと言うと聞きなじみのない言葉だが、あえてそれを現代風に言い換えるならば、要するに劣等感のことである。 スティグマと劣等感とは切り離すことができない。 基準からの逸脱が極めて大きい場合や可視性が高い場合、スティグマは1つの固定的なカテゴリーとして社会に認知されることになる。 例えば、犯罪者、身体欠損者、精神障害者などがそれである。 この記事で明らかにしたいことは、社会的にそのカテゴリーの存在が認知され、一般社会からは隔離されるようなスティグマも、一般的な人々が持つ劣等感と本質的に同質のものであり、それは社会的交渉の過程であるということである。 このような場合彼はわれわれの心のなかで健全で正常な人から汚れた卑小な人に貶められる。 この種の属性がスティグマなのである。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 例えば、身体欠損者はいかなる場合においても「正常ではない」。 彼はそもそも「正常な人間」というカテゴリーから逸脱してしまっているからだ。 したがって、身体欠損は最も明瞭なスティグマの属性である。。 もう少し一般的な例を挙げるならば、例えばアルコール依存症の医者はスティグマ保持者と言えるだろう。 なぜなら、アルコール依存症は医者という属性に適合的ではなく、社会的に認知されている基準からは逸脱しているからだ。 このように、通常その人が求められる属性から逸脱した属性のことをスティグマと呼ぶ。 すなわち、スティグマは私たちがある人に対して要求しているアイデンティティと彼が実際に持っているアイデンティティの乖離を生み出す要素なのである。 これを「対他的な社会的アイデンティティと即自的な社会的アイデンティティの乖離」とゴッフマンは述べている。 また、ゴッフマンは、スティグマを持つ人と対比させて「われわれ、ならびに当面の特定の期待から負の方向に逸脱していない者」のことを常人と呼ぶ。 これは、その文字通り社会的に認知されている基準から逸脱していない通常者のことである。 以上の定義を基にして、次節ではスティグマを持つ者のアイデンティティについて述べる。 スティグマのある人のアイデンティティのありか 個人が所有するアイデンティティはその人が結ぶ様々な社会関係を通じて形成されていると考えられるため、アイデンティティの問題は常にその人が所属する社会集団と関連付けて論じる必要があるだろう。 特にスティグマのある人にとっては、所属する社会集団が自身の生活と密接に結びつくことが多い以上、僕たちはこの問題について特別の注意を向けなければならない。 内集団 スティグマのある人は2つの世界に生きている、と想定することができる。 その2つとは、ある意味で両極に存在する「内集団」と「外集団」である。 内集団とは、スティグマのある人にとってのあるいはスティグマに対して理解のある人々の集団のことを指す。 相互扶助団体や各種サークル、医療機関などがこれに含まれる。 しかし、ここではスティグマのある人は自分自身を偽ったりあるいはスティグマのある人としての道化的役割を果たしたりせずに済む。 すなわち、彼はここでは常人としての地位を取り戻すことができるのである。 しかし、「スティグマのある者は、自己自身を他の人間とまったく違ったところのない人間と定義するが、ところがまた一方では同時に、自分を周囲の人びとと一緒になって別種の人間と定義している」。 スティグマのある人は内集団の内部においては正常な人として振る舞うことができるが、そもそも内集団が外集団からの隔離によって成立している以上、彼らは外集団との差異を意識せざるを得ない。 そのため、スティグマのある人は常にアイデンティティにまつわる差異と同一のジレンマに直面している。 このジレンマに対する解決策として、ある種の準則、すなわち彼らがどのようにこの困難に対処すればよいのかという指針が内集団で形成されることになる。 そして内集団内で形成されたこの準則がスティグマのある人に内面化され、彼のアイデンティティの重要な位置を占めることになるのである。 「スティグマのある者に呈示される準則は、明示的、含蓄的の差はあっても、いくつかの標準的な事柄にわたる傾向がある。 [それには]そのような形式で告白するのが望ましいか、隠すのが望ましいか、が示唆されている。 」 「右のような公然支持されている行動準則が、スティグマのある人に、ただ単に基本綱領と政治的指針ばかりでなく、またただ単に他人をどう扱うかを指示するばかりでなく、自己に関する適切な態度とはどういうものかについての処方をも呈示している、ということは明白であろう。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 この準則は、例えば、常人との友好関係の築き方、同類に対する態度、自分に対する偏見との付き合い方、自分の特異性との向き合い方などを示すものである。 このような準則はスティグマのある人にとっての一つの指針となり、スティグマを持つ者としてのアイデンティティを形成する。 外集団 一方外集団とは、でない人たちの集団、すなわち常人たちの世界である。 常人たちにとっては意識的でないことも多いが、この世界には様々な基準や規範が流通しており、通常、スティグマをもつ人たちにとってはどうにかして適応するべき世界として現れる。 したがって、外集団では、スティグマのある人は自身のスティグマを隠蔽するための様々な工作や、あるいは異常者としての道化的な振る舞いを迫られることになるのである。 「以上のように個人が帰属する集団が、代弁者たちの唱道する準則を彼に吹き込むこともあるが、またスティグマのある人は、第二の集団の視角から、すなわち常人たちおよび彼らの構成している包括社会の視角からも、自分自身を見るように求められている。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 スティグマのある人は、スティグマのある人としての内集団準則を持つ一方で、外集団の視角から自分自身を見ることも求められる。 すなわちそれは、自分自身を基本的には常人と同じ人間として受け容れることである。 彼らはスティグマを持つ人としての自覚を持ちながら、自分自身を常人として扱わなければならない。 これは例えば、ある場面においてスティグマを持つ人が自身のスティグマを積極的に常人に開示することで社会的交渉が円滑に進むことなどに表れている。 「よい適応とは、スティグマのある者が[一方では]晴れやかに、しかも自意識を伴わずに、自己自身を基本的には常人と同じ人間として受け容れ、他方では常人が口先だけにしろそこで彼を常人同様に受け容れているとはいいにくい状況で自発的に控え目にすることを必要条件とするのである。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 内集団と外集団のはざまにあるアイデンティティ 以上述べてきたように、スティグマを持つ人は本質的に対立する二つの態度の内面化を求められる。 彼らは、このことによってスティグマを持ったまま社会成員として生活することが始めて可能になる。 しかし、この過程は彼らのアイデンティティに、スティグマという差異を持つ者としてのアイデンティティと、常人としてのアイデンティティという分裂をもたらものである。 「スティグマのある者のおかれている特殊な状況は次のようなものである。 すなわち、社会は彼に、包括社会の成員である、つまり彼は正常な人間である、と告げ、しかしまた彼はある程度おり、この特異性を否定することは愚かだ、とも宣告する。 断るまでもなく、この特異性自体は社会に由来する。 というのは一般的にいってある特異性は、それが大いに問題とされる以前に包括社会という集合的レベルで概念化されていなくてはならないからである。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 スティグマと常人、逸脱点のある常人 さて、これまで僕たちはスティグマとスティグマのある人のアイデンティティについて論じてきた。 ここで、ゴッフマンは議論に一つの根本的な転回を行う。 すなわち、果たしてスティグマのある人と常人を明確に区別することができるのだろうか、という転回である。 「常人のなかのもっとも幸運な人びとでも半ば隠れた欠点をもつのが普通であり、しかもどんな小さな欠点もそれが大きな影を投ずるときは、即自的な社会的アイデンティティと対他的な社会的アイデンティティの間に世人の目を避けたくなる乖離を生ずるようになる機会が社会には存在するのだ。 たまに不安定な人と、常時不安定な人とは一つの連続体の上にある。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 スティグマとは、その社会で流通する基準からの逸脱を示す属性であった。 この社会で流通する基準とは、極端に言えば、例えば医者の場合、患者に同情的で、博識で、謙虚で、中肉中背で、さわやかで、有名国立大学の出身で、休日はスポーツに興じる男性というのがそれである。 そんな人物は存在するわけがないだろう。 存在したとして、ごく少数に限られるのではないだろうか。 要するに、個人がその人に社会的に要求される属性を全て満たすことなどできないのである。 以上に挙げた例は大仰ではあるが、社会のアイデンティティに関する共通的価値はこのような形で常に個人にある種の影を投じている。 「結論として私が再度述べておきたいことは、スティグマとは、スティグマのある者と常人の二つの集合に区別することができるような具体的な一組の人間を意味するものではなく、広く行われている二つの役割による社会過程を意味しているということ、あらゆる人が双方の役割をとって、少なくとも人生のいずれかの出会いにおいて、いずれかの局面において、この過程に参加しているということ、である。 常人とか、スティグマのある者とは生きる人間全体ではない。 むしろ視角である。 」 アーヴィング・ゴッフマン 『スティグマの社会学』 スティグマや常人は固定的なカテゴリーではない。 それらは人々が様々な社会的場面で接触する過程で生まれる、ある種の役割分担である。 どのような人でも、常人として振る舞うことがあればスティグマのある人として振る舞うこともある。 もちろん、人によっては生まれ持った特質からその人生の大部分をスティグマを持つ人の役割を演じなくてはならないかもしれない。 このような事情から、スティグマを常人からはかけ離れていることを示す属性として固定する見方が生まれる。 しかし、これまで見てきた通り、ある属性は個人を常人あるいはスティグマ所有者に分類するものではなく、ただ様々な社会的場面における両者の役割を規定しているだけなのである。 参考文献) アーヴィング・ゴッフマン (2016)『スティグマの社会学 烙印を押されたアイデンティティ』 石黒毅訳,せりか書房.

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「スティグマ」とは。障害者が持ちやすい思考に要注意!

スティグマ 意味

Contents• スティグマとは? 〔ギリシャ語で、奴隷や犯罪者の身体に刻印 された徴(しるし)の意〕 スティグマとは、元々は奴隷や犯罪者である ことを示す刺青などの肉体的刻印のことを指す 言葉であったが、転じて他者や社会集団によって 個人に押し付けられた負の表象・烙印といった 意味で用いられる社会心理学の用語である。 いわば ネガティブな意味のレッテルのことである。 社会的スティグマとは? 社会的スティグマは特定の文化、人種、 ジェンダー、 知能、健康、障害、社会階級、 また生活様式など と関連する事が多い。 烙印を押された人が反道徳的であったり、 穢れているという事を明確にする事を 目的 として押され、烙印を押された人との 交流は 避けるべきだという社会規範が背景 にはあった。 スティグマは必ずしも個人の属性を正確 に 捉えるわけではなく、誤った知識により レッテルが張られることもある。 社会的スティグマと新型コロナ との関係は? 現在のCOVID-19の流行は、特定の民族的 背景を持つ人々に留まらず、ウイルスに接触 したと思われる人に対しても、社会的スティグマ や差別的な行動を引き起こしています。 COVID-19は、何故これほどの スティグマを 引き起こしているのか︖ COVID-19に関連したスティグマのレベルは、 主に以下の3つの要因に基づいています。 1) 新しい、未だ不明な点が多い疾患で あるということ 2) 私たちはしばしば未知のものを恐れる ということ 3) その恐怖を「他者」と関連付けるのは 容易であるということ スティグマは、• 差別を避けるために疾患を隠すよう人々を駆り立て• 人々がすぐに医療を受けることを阻害し• 人々が健康的な行動をとる意欲を損なわせます 一般の人々の間に混乱、不安、恐れがある ことは 理解できることですが、残念なことに、 これらの要 因が有害な固定観念を形成する ことに拍車をかけています。 社会的スティグマへの対処と 回避には「言葉が大切とは?」 コロナウイルス感染症について話すとき、 特定の単語(例︓疑い例、隔離など)や言い 回しが、人々 にとって否定的な意味を持ち、 差別的態度を助長させることがあります。 これらは既存の否定的な固 定観念や憶測を 持続させ、疾患と他の要因との間の誤った 関連性を強化し、広範な恐怖を生み出し、 病気を抱える人々の人間性を否定する 可能性があります。 以下にやるべきではないことをの数例を列挙します。 🔸病名に地名や民族名を付けないでください。 この病気は「武漢肺炎」「中国肺 炎」 「アジア肺炎」ではありません。 🔸疾患を抱えた人を「COVID-19の症例」や 「犠牲者」と呼ばないで下さい。 🔸「COVID-19の容疑者」または「疑い例」 と話すのはやめましょう。 🔸「COVID-19を伝染させる」、「他の人に感染させる」、 「ウイルスを拡散す る」人々、と呼ぶのは やめましょう。 🔸 ︓根拠のない噂を繰り返したりシェアする のをやめ、「ペスト」、「黙示録」など の恐怖を 生むよう設計された誇張表現の使用を避けましょう。 🔸脅すような、ネガティブなメッセージを強調し、 くどくど述べることはやめま しょう。 まとめ いかがでしたか? スティグマは、新型コロナ ウイルス感染症 の感染経路や治療法、 予防法に関する不十分な 知識によって、 さらに悪化する可能性があります。 予防と治療の効果をポジティブに話し、 強調しましょう。 ほとんどの人にとって、 これは克服できる病気です。 スティグマの怖さを十分理解し、全員が協力しやすい コミュニティーを築くことが求められます。 最後までお読みいただきありがとうございます。

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