吉田晴乃死去。 経団連初の女性役員吉田晴乃社長ってこんな人: Wach auf !

BTジャパン社長・吉田晴乃のルーツ「意志あるところに道あり」

吉田晴乃死去

人物 BTグループの日本法人であるBTジャパンの代表取締役社長。 卒業後は日本の大手企業への就職が内定していたが、卒業直前に病で倒れ、生死の境を彷徨う。 この病により内定先への就職は断念せざるを得なくなったが、これがきっかけとなり「世間体はばからず」な人生が展開したとインタビューで語っている。 病の克服後にアメリカの電子・通信機器メーカーの日本法人に就職。 1990年代に人男性と結婚し、カナダに移住。 カナダの通信会社に入社し、日本人向け市場の営業を担当する。 その後、離婚しシングルマザーとして1999年に渡米、 America Inc. (ニューヨーク)に転職。 2004年に帰国し、で営業課長としてビジネスのグローバル化に関する業務を担当する。 2008年にの大手日本法人に入社して営業本部長を務め、にBTジャパンの代表取締役社長に就任。 2015年6月2日に初の女性役員(副議長)に就任。 2016年9月より内閣府委員。 2017年、フォーチュン誌によるWorld's Greatest Leaders 50の一人に日本人としてただ一人選出された。 働く女性の地位向上の活動に従事し、米通信会社時代に、アジア太平洋地域の女性従業員委員会の副会長を務めていた。 を積極的に活用することで、ワーキングマザーや家庭に要介護者のいる人でも仕事を続けられるだけではなく、地方創生にも効果があると主張している。 2018年8月31日、経団連の副議長を退任。 2019年3月23日、第5回国際女性会議WAW! 2019年6月28日、29日に大阪で開かれたG20サミットで運営委員会共同代表を務める。 29日にはマキシマ・オランダ王妃やイバンカ・トランプ米国大統領補佐官らが出席した「G20大阪サミット 女性のエンパワーメントに関する首脳特別イベント」にて世界経済の成長における女性のエンパワーメントの必要性を演説した。 2019年6月30日、のため、死去。 55歳没。

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吉田晴乃さん死去の前日、人生最後になった渾身の演説全文 (2/3) :日経DUAL

吉田晴乃死去

(左)BTジャパン 代表取締役社長 吉田晴乃さん(右)お母様との思い出の一枚。 16歳のとき、友人の紹介でお父様と出会い、一途な思いを貫いた。 「父に『あなたを必ず看取るからね』と言ったのが彼女がついた唯一の嘘。 母はとてもおしゃれで、このゴールドのアクセサリーも彫金の特注品なんです。 服のサイズも趣味もピッタリ合うので、「親子って不思議だな」と思います。 母は1937年(昭和12年)12月23日生まれ。 父とは16歳で知り合い、23歳で結婚しました。 一人の男性に忠誠を誓い、専業主婦として生きた、あの時代の女性の鑑(かがみ)のような人。 学校が終わって帰ると、手づくりのおやつが用意されていて、紅茶を入れて待っていてくれる。 毎日「今日は何があったの?」と娘たちを迎える温かい母親でした。 母の時代の専業主婦たちは、今の働く母親とはまた違った意味で、本当に偉かったと思います。 幼少期を旧満州で過ごした母は幼い頃の戦争体験から、平凡でもいいから皆がいつも一緒にいられる幸せな家庭をつくりたいと心の底から願い、それをちゃんと実現したわけですから。 でも、そんな母を見て育った私は、反面教師でこうなっちゃいましたが(笑)。 キリスト教の伝統ある女子校に通っていましたが、反抗期もひどく、プラカードを持って職員室に立てこもったことも……。 母は何とか私を型にはめようとしましたが、当時の私はどうしてもそこからはみ出ようとする。 でも母の中には矛盾もあって、私を型にはめようとする一方で、幼い頃から「これからの女性は社会に出て仕事をしていくべきなの」「自分でお金を稼がないと発言権もなくなるし、悲しい思いをするのよ」と、ため息交じりに私につぶやく母もいました。 次第に、母の中でくすぶる矛盾がいったい何なのかと、疑問を抱くようになります。 「なぜそんな惨めな思いをしなきゃいけないの? それでいいわけないじゃない」と。 だから今の私があるのは必然であり、何よりも私の中に母の血が流れていることの証しなのかなと思います。

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吉田晴乃さん死去の前日、人生最後になった渾身の演説全文 (1/3):日経doors

吉田晴乃死去

先週、朝刊を開いて自分の目を疑った。 経団連初の女性役員として注目され、6月末に大阪で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で女性に関する政策提言を行う「W20」の共同代表を務めた吉田晴乃さん(55)の訃報が載っていたのだ。 亡くなったのはG20閉幕翌日の6月30日、心不全だった。 私が取材をしたのは今年3月の1度だけだ。 だが、その前から雑誌や新聞に英通信大手の日本法人「BTジャパン」の女性CEOとして華やかに登場する彼女を見て、一度話を聞いてみたいと思っていた。 2017年には米フォーチュン誌の『世界の偉大なリーダー50』にも日本人で唯一、選ばれている。 大阪でW20の関連イベントに出演すると知り、すぐに取材を申し込んだのだった。 イベントで、吉田さんは米国の人気歌手、レディー・ガガさんの「born this way(この道に生まれた)」を大音量で流して踊りながら登場。 経団連初の女性役員として初めて会議に出席する前にもこの曲を聴いて自らを鼓舞したことや、内定していた大企業に病気で就職できず、外資系企業で働くしかなかったことなどをユーモラスに語った。 数字で分かる明確な営業成績をあげ、ヘッドハンティングでキャリアアップしてきたという吉田さん。 「数字はユニバーサルランゲージ(世界共通語)」「チームをまとめるのに必要なのは『売り上げ』という明確なゴール」…。 国境や性別を超えて人々がつながるためには経済的な視点が不可欠であることを繰り返した。 また、参加者の女性たちに「25歳以上の働く女性が作る新しい市場は、100兆円を超えるものすごい市場であるといわれている」「女性はよくお金を使うでしょ。 お金を回すのはすごく大事なんです」「何も変える必要はない。 そのままの自分の価値に気づいて」と呼びかけた。

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