オリジナル枕草子。 春はあけぼののオリジナルをかんがえなければならないのですが、どう作

【各教科レポート】国語科:オリジナル『枕草子』

オリジナル枕草子

学校の課題で自作の枕草子がでました。 あまり良いのが思いつかないのでみなさんの意見を参考にさせてください。 ・現代語訳で ・風景、時間、情景などを入れると良い ・春、夏、秋、冬の4つ ・始まりは 春は~ 夏は~のように できれば6/22の夜までにお願いします。 補足春は夜 辺りは暗く星が輝いている 静かな暗闇がよい また、そこに花びらが舞うのは趣深い 夏は昼 空は青く雲は白い 虫の声が聞こえるのもよい 波の音が聞こえるのもよい 秋は夕方 夕日が空を橙色に染めるのは言うまでもない 地面には影ができ 鳥の声が辺りに響き渡っている 冬は朝 窓の外は白一色 太陽の光で輝いているのがよい また、そこに白い雪が降るのにも趣がある 言葉が変なところもあるかもしれませんが アドバイスよろしくお願いします。 非常に良いのではないでしょうか。 紫式部は四季の情景を一日の時間帯によって書き分けました。 同じ考えで自分の好きな時間帯に変えたわけですね。 秋と冬に関しては清少納言と同じ時間帯が好きなんですね。 春に関しては、春らしい情景が花びらしかないのが気になります。 他は春じゃなくても当てはまるような気がします。 恐らく花びらは桜を想定してると思うので、夜桜を使って春を強調すればいいと思います。 夏はいいですね。 夏休みの一日が浮かんできます。 秋はもう少し秋らしいキーワードを加えてもいいかも。 鳥は秋じゃなくても鳴きますから。 紅葉、すすき、虫の声などを加えたり変えたりすると秋らしさがずっと増します。 冬に関しては雪国の情景ですね。 あなたが雪国の方ならいいと思います。 違うなら、もっと日常に近い情景の方がいいでしょう。 今帰宅中ですので、後で補足します。 春は夜 辺りは暗く星が輝いている 静かな暗闇がよい また、そこに花びらが舞うのは趣深い 春霞というくらいで、きれいに輝く星が見えるのは 春より冬かも。 夏に聞こえるのは 蝉くらい。 地面に影ができるのに季節は問わないし。

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初夏に綴る春の風情

オリジナル枕草子

前回の記事で、「いつまでも肌寒い」と報告したその日から、気温が上がり始めました。 かっこうが鳴き、エゾの合唱がシャワーのように降ってきました。 それまでは、「寒いけれど我慢して」と言いながら定期的に開けていた窓でしたが、その日は、その窓からじっとりとした空気が流れ込んできました。 5年生の学習は、4年生のやり残しからのスタートでしたので、国語は今ようやく「」。 「春はあけぼの」を味わうところです。 オリジナルのを書こう!! という課題に取り組みました。 シャンシャンというの鳴き声を聞きながら、春のイメージを思い描き、言葉を綴り、挿絵を描くのです。 春は~。 の体言止めを使う。 最後は「よい」で終ること。 が制約として設けられました。 多くの子がを題材にしましたが、これを選ぶと個性は出にくくなります。 たいてい、花びらがひらひら散るというイメージに集約され、きれいではありますが面白味に欠けますね。 私が支援しているお子さんは、 一人が 「入学式」。 もう一人は 「うど」を題材にしました。 春は入学式。 新入生の元気な返事がよい・・・と。 春はうど。 てんぷらに塩をつけて食べるのがよい・・・・と。 このウドの天ぷらは、私もご馳走になっています。 家が近くなのです。 彼の祖父にあたるOさんが、山で採取してきて、それを奥様が天ぷらに。 お裾分けとして我が家に届けられました。 以前食堂を営んでいた方なので、カリッと揚がっていてとても美味しかった。 そんな話をしたからか、彼はウドを題材に書きました。 それにしても塩でいただくとは・・しぶいねえ・・。 ほかには 「水たまり」「自転車」「すべての始まり」・・生き物の孵化を題材にしたものもありました。 あら、これらは全部男の子の作品だわ。 「水たまり」と書いた子の絵は、雪が解けて現れた水たまりに長靴で入り、久々の水の感触を楽しんでいる様子がいきいきと描かれておりました。 「自転車」・・・これは、冬場自転車がシーズンオフになる地域の子どもならではの発想ですね。 久々にペダルを漕ぎ、風を顔に受けて走る躍動感が伝わりました。 「全てのはじまり」を書いた少年は、職員室で『昭和の子ども』と呼ばれております。 一時幼いながらもやさぐれたような様子を見せていた子です。 担任の厳しくも温かい指導の甲斐あってか、またご家庭で確かな愛情を受け取っているお子さんでもありますので、何とも愛らしいキャターとなりました。 丁寧に、渾身の思いをかけて描いたと思われる動物たちの絵。 春になり、野山に溢れるだした命が感じられる挿絵に、思わず声をあげてしまいました。 週末 学校は通常のとなっており、 休校期間中あれほど行動を共にし、学校内の整備美化に務めた支援員のお仲間とは、顔も合わせない程の忙しい日々となっております。 それぞれの持ち場に貼り付いているので、出勤時間がずれたりすれば、ほとんど顔を合わすことがないのです。 忙しいながらも楽しい職場での一週間が終りました。 週末がやってきました。 やりたいことは満載ですが、ゆったりした気持ちで過ごすことを心がけましょう。 昨日金曜日は娘の住宅へ。 庭の草をお土産に。 後ろのカレンダーは、娘がで撮った写真で作られたものです。 昨年ちょうど同じ頃の我が庭です。 まだ3歳の孫を抱きかかえている私。 きっと 「おっと、ここは大事なお花が咲く所・・。 踏まないでね。 」 と抱き上げた場面でしょう。 娘と孫、 この週末は予定があるので、ばあばの時間には侵入しませんよ!とのこと。 よっしゃあ!! kyokoippoppo.

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面白いブログに必要な事!文章?ネタ?枕草子に学ぶ記事の書き方

オリジナル枕草子

「枕草子」 は平安時代の人気エッセイ。 当たり前ですが、ものすごい数の写本があります。 もう本当にどれが清少納言のオリジナルなのか解かりません。 「枕草子」 の写本を調べてみると、大きく2つに分類されるようです。 三巻本 能因本 「三巻本」 は途中で 「藤原定家」 が写本していると言われる枕草子。 最も文章が美しい・・・らしいのですが、よく知りません。 「能因本」 には 「あとがき」 がありまして、 そこに 「能因法師が持っていた本」 と書かれています。 どうやら早い段階で 「能因法師」 って人が写本した枕草子なのでしょう。 もちろんオリジナルは清少納言の書いたヤツですが、 手書きコピーが続けられていくうちに、大きく2つの系統に割れたのでした。 「三巻本と能因本とでは、作者を別人とするしかないほどの違いがある」 江戸~明治時代には 「能因本」 が広く流布されていました。 本居宣長も 「能因本」 を読んで枕草子を研究していたみたいですし、 与謝野晶子も 「能因本」 を題材にした短歌を詠んでます。 当時は 「三巻本」 が出版されるコトはなかったので、 ほとんどの人が 「三巻本」 の内容はおろか、その存在すら気づかなかったみたい。 昭和3年になって池田亀鑑って人が 「今まで無視されてたけど、三巻本ってスゴくね?」 とか言い出して、三巻本に注目。 第2次大戦後になると、田中重太郎が 「三巻本」 をベースにして、 「日本古典全書・枕草子」を出版。 これが大ヒット。 「なんだ三巻本の枕草子の方が面白いじゃん」 注釈書も研究書も 「三巻本」 をベースにした物ばっかりに・・・。 こうして三巻本の優位が確定します。 「どうやら三巻本の方がオリジナルに近いようだ。 そうに決まってる」 そして教科書に 「三巻本」 が採用されると、 完全に 「三巻本」 がメジャーの地位を奪取。 逆に 「能因本」 の存在が忘れられちゃったのでした。 どっちがオリジナルに近い 「枕草子」 なのか? 江戸時代から続く研究ですけど、これは 「邪馬台国論争」 と同じ。 絶対に決着がつきません。 能因派には 「枕草子のオリジナルの作者は能因法師だ」 っていう人もいます。 これだって本当のコトなんて解かりません。 やっぱりこの手の論争って 「言ったもの勝ち」 な気がしますね。 >この手の論争って 「言ったもの勝ち」 な気がしますね。 >本当!さよぅですね。 藤原定家の揮毫は、 現代の「ペン」でいうなればペン先に「インク」が溜まった状態。 きっと【小筆の細ながーい】もので揮毫していたのではないかしらん? 随所に「ボタ」が多く、また【極端に細く弱い線】も目立ちます。 実に巧くない! 鎌倉時代になって、 定家は「源氏物語」「土佐日記」「和歌」他やたら「書写」しまくりますが 【添削】もしまくり。 つまり 【定家流の文書】と【定家フォント】にしてしまう書写。 決して【臨書でナイ:原文の文字スタイルに忠実でない】ですから 定家の特色である 1)【神経質】で 2)【墨の付け方が不規則】 3)【連綿線はぶつ切り】の揮毫になってしまっている。 【臨書】ならば 【元の字体:フォントを忠実に残し、ちらし(構成)も忠実に残る】のですが 定家の【悪意】とも申すべき【定家書体(フォント)へ全てすり替え】。 これでは定家没後、 定家フォント」に変換された 過去の「多くの小説や随筆や和歌や記録】が 一律【定家の! 】として一躍有名になるワケですねー.

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